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今年で姉妹都市提携35周年! 長崎県島原市ってこんなまち!

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京都府福知山市

・海と山にはさまれた島原市
海に浮かぶ群島九十九島、まちの背後にそびえる眉山、雲仙・普賢岳の噴火でできた平成新山など、大自然の躍動を感じられるまちです。

・福知山市友好親善特別大使
「青い目の人形 ヘレン・ウッド」
戦前、日米の友好の象徴として送られ、現在まで残る貴重な人形。姉妹都市提携35周年を記念し、友好親善特別大使に任命。現在、同じく島原市に残る「リトル・メリー」とともに、島原市で展示されています。

■姉妹都市の縁
本市と長崎県島原市は、江戸時代初期の寛文9年(1669)、福知山城主であった松平忠房(まつだいらただふさ)公が、肥前島原に国替えとなった歴史的な縁がもとで、昭和58年3月1日に姉妹都市提携を結びました。その後、5年毎に友好親善訪問をしたり、災害時には相互に支援をしたりと35年に渡って絆を深めてきました。今年の豪雨災害でも、島原市から義援金や応援職員の派遣など、大きな支援をいただきました。

■島原市ってこんなまち
島原市は、有明海に面し、ユネスコ世界ジオパークに認定されている島原半島の東端に位置しています。
古くから「水の都」と呼ばれ、まちのいたるところから水が湧き出しています。城下町には湧水を利用した水路や水汲み場があり、水を巧みに取り入れたまちなみを見ることができます。大切に受け継がれてきたこの湧水は、現在の島原市の観光のシンボルとなっています。さらに、風光明媚な大自然、島原城を中心とした歴史や文化、雲仙・普賢岳のふもとの肥沃な大地と清らかな水で育った農畜水産物など魅力があふれる都市です。

■島原市の歴史
城下町としての島原の歴史は、群雄割拠の時代を経て、徳川時代の元和4年(1618)から7年の歳月をかけ松倉重政が島原城を築城したときに始まります。その後、松平7万石の城下町として島原半島の政治、経済、教育文化の中枢的地位と役割を果たしてきました。
その間、寛永14年(1637)には、苛政とキリシタン弾圧に対する「島原・天草一揆(島原の乱)」が起こり、また寛政4年(1792)には、国内三大難山と言われる眉山が大崩壊し、山崩れと津波によって島原領内でも多数の住民が死亡するという大災害に見舞われました。この2つの大きな動乱と地変を経て明治維新を迎え、廃藩置県によって、旧城下町は島原村、島原町、湊町となり、その後、大正13年(1924)に島原町となりました。昭和15年4月長崎県で3番目に市制を施行しました。
平成2年(1990)11月17日、普賢岳が噴火し、翌年6月3日に発生した噴火災害では、43人もの尊い人命が奪われ、終息まで多数の家屋や土地が被災するなど、未曾有の大災害を乗り越えました。
平成18年1月1日に有明町と合併し、現在の島原市となっています。

◆姉妹都市提携35周年 島原市への友好親善訪問の旅
○11月17日(土)
6:15
福知山市訪問団出発
8:15
出発式(伊丹空港内)
14:10
島原城到着
14:15~14:50
歓迎セレモニー・青い目の人形
対面式
15:10~16:00
記念撮影・島原城見学
16:15~16:30
雲仙・普賢岳噴火災害犠牲者
追悼の碑 献花
16:40~17:30
雲仙岳災害記念館見学
19:00~21:00
福知山市・島原市友好親善交流会

○11月18日(日)
9:10~10:00
原城跡(世界文化遺産)見学
10:35~10:55
土石流被災家屋保存公園見学
11:00~11:45
道の駅「みずなし本陣」レストラン
19:00
福知山市着

◆本当に行って良かった
「旅行で来たことはありますが、こうした交流会に来るのは初めてでした。島原の皆さんの熱い歓迎ぶりに感動し、本当に行って良かったと思いました。次の機会にもぜひ参加したいと考えています」と、大谷さんは喜んでいました。
大谷 勇(おおたにいさむ)さん・孝依(たかえ)さん 夫妻

島原のみなさんに熱い歓迎を受けました
これからも両市の交流が続いていきますように

~広報しまばら12月号と誌面交換しています!~

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