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旧豊幌小学校 校歌制定の歴史を追う

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北海道黒松内町

昭和34年の東京オリンピック選手入場曲「オリンピック・マーチ」や高校球児・プロ野球ファンにはお馴染みの「栄冠は君に輝く」、「闘魂込めて」、「六甲おろし」などの作品を世に送り出した昭和を代表する作曲家「古関裕而」氏。
現在放送中のNHK連続テレビ小説「エール」の主人公のモデルとなっていることから、再注目されていますが、古関氏が作曲した曲が旧豊幌小学校の校歌であったことを皆さんは御存知ですか。
古関氏と旧豊幌小学校のつながりについて詳しく調べましたので、御紹介します。

◆旧豊幌小学校
黒松内町史の記録によると、旧豊幌小学校は今から122年前の明治31年に江戸時代の寺子屋のような形で授業を行ったのが始まりと記されています。
明治34年に認可を得て「公立幌内尋常小学校」となり、昭和22年には校名を「豊幌小学校」と改称し、中学校も併設されました。
ただ、開校から60年余りの月日が流れても学校には校歌がなく、代わりに「君が代」が歌われていたそうです。
しかし、昭和33年の開校60周年記念事業として、ついに校歌が制定されました。
当時の校長である渡辺文吾氏が作詞し、その歌詞に曲を書いた人物こそ昭和を代表する作曲家の古関裕而氏でした。
古関氏は全国各地で多くの学校の校歌を作曲されましたが、北海道内では6校だけに留まりました。
なぜ古関氏は北海道の小さな村(当時は町制施行前の三和村)の学校の校歌を作曲したのでしょうか。
そこには知られざるエピソードがありました。

◆作曲のきっかけ
旧豊幌小学校に赴任した渡辺文吾校長は校歌がないことにとても驚いたそうです。
なぜ校歌がないのかを学校役員に尋ねると「校歌は作りたいが予算がなくて作曲料を払えない。」ということでした。
そこで渡辺校長は、同じ福島県出身で実家が近所にあり、すでに名作曲家として活躍されていた古関裕而氏へ作曲を依頼するを思いつきました。
しかし、役員の言うように学校には作曲を依頼できるほどの予算はありません。
それでも渡辺校長は諦められず、「古関先生の歌が大好きなので、作曲をしてもらいたいが、小さな学校なので予算がなく、お礼らしいお礼はできません。それでも、もしかしたら作曲してくださるかもと、思い切って手紙を出しました。」といった心のこもった手紙を古関氏へ送りました。
すると、手紙を送って数日後、古関氏から返信がありました。

――お手紙拝見しました。(中略)
北海道の開拓地で子供達の教育に専念される先生方のお話を伺って今度の校歌作曲、承知いたしました。
作曲科は奉仕いたしますが、あまり他校に御吹聴くださらぬ様お願いいたします。「小生を友人関係だから」とでもお話しください。(後略)――
※古関氏からの手紙の抜粋

◆校歌の完成
古関氏は数年前に北海道を旅行し、開拓地で働く人々の苦労や努力を知っていました。
そのため、北海道で子供たちの教育のために奔走する渡辺校長からの手紙に心打たれ、作曲を無償で引き受けることを決意してくれたのでした。
作曲が決まり、渡辺校長はすぐに歌詞を古関氏へ送りました。
そして完成まで約1か月の期間を経て、「永く愛唱していただけると幸甚です。」とのメッセージと共についに旧豊幌小学校の校歌が完成しました。
古関氏は校歌を作曲をするにあたり「単純な中に明るさと楽しさを…と思って書きました。」と渡辺校長との手紙のやりとりの中で話されていました。

◆次号へ続く
次号では校歌制定後のエピソードなどについてお知らせします。
旧豊幌小学校卒業生の方などで、当時の記憶がある方がいらっしゃいましたら、お話をお聞かせいただきたいので、下記担当まで御連絡ください。

◇故 古関 裕而(こせき ゆうじ)氏
福島県福島市出身
昭和5年に日本コロムビア株式会社に作曲家として入社以来、平成元年に80歳でその生涯を閉じるまで、5,000曲余りの作品を世に送り出した。

◇故 渡辺 文吾(わたなべ ぶんご)さん
福島県福島市出身
豊幌小学校第11代学校長
旧豊幌小学校に5年間勤務した後も蘭越町や積丹町、小樽市と後志管内の学校に勤務されました。
絵を描くことが得意で賞を受賞するほどの腕前だったそうです。

今回の特集記事の作成にあたり故渡辺文吾さんの妻で現在は小樽市に在住する渡辺秀子さんと二女明子さんに、当時の文吾さんのお話などたくさんの思い出をお聞かせいただきました。
御協力ありがとうございました。

《旧豊幌小学校の歩み》
▽明治31年(1898年)
貝殻渕丘上(現在の中里地区)で新潟県人の僧侶が寺子屋教育を始める
▽明治34年(1901年)
認可を得て公立幌内尋常小学校となる
当時の生徒数は41人
▽昭和22年(1947年)
校名を豊幌小学校と改称
黒松内中学校豊幌分校併設となる
▽昭和33年(1958年)
開校60周年を記念し校歌を制定する
▽昭和34年(1959年)
町制施行に伴い黒松内町立豊幌小学校と改称
▽昭和53年(1978年)
豊幌中学校閉校
▽平成9年(1997年)
豊幌小学校休校
▽平成10年(1998年)
豊幌小学校閉校、黒松内小学校と統合され100年の歴史に幕を下ろす
※黒松内町史参照

問合せ:町教育委員会(担当 扇谷)
【電話】72-3160

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