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飯高を歩く 檀林とキツネ 匝瑳探訪175

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千葉県匝瑳市

明治の初めに飯高檀林が廃止され140年余りが経ちました。廃檀時には多くの施設が取り壊されましたが、その後まつられたものに、講堂に向かって左側の赤い鳥居の稲荷社があります。
昔、檀林に全国から集まった学僧の中に1匹のキツネが化けて紛れ込んでいました。ある時、高いびきをかいて寝ているところを見つかってしまい、檀林を離れることになりました。友達が別れを惜しみご馳走をして送り出してくれましたが、酔ったキツネが目を覚ますと、そこは林の中で、土産にもらったすしだけは本物であったといいます。
稲荷社には、このような伝説があります。
この話は明治30年代後半に飯高寺が発行した『開運古能葉(このは)稲荷大明神の由来』という縁起書にあり、筆者も目にしたことがあります。「橋門伝八(はしもんでんぱち)」という白キツネはこの中に登場し、伝八はこの由来から生まれました。『八日市場市の沿革と人物』(昭和32年刊)にこの縁起と伝説「橋門伝八」が掲載されています。飯高寺総門から参道を進むと、飯高城当時の空堀(からぼり)があり、そこに橋の門がかかっていました。キツネはその下に住みついていたので、橋門の名が付いたとされます。
赤い鳥居をくぐると正面に祠(ほこら)があり、その手前に神の使いのキツネが奉納されています。
これは1906(明治39)年に飯高村などの20人が寄進し、当時は毎月22日の縁日と、4月と10月に大祭が行われ信者でにぎわったとされます。
鳥居の左側に奉納された絵馬が掲げられ、晩秋の境内には散策を楽しみそれをガイドする人たちの姿が見られました。
(市文化財審議会委員・依知川雅一)

問合せ:秘書課広報広聴班
【電話】73-0080

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