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Letter from M MIY♡SHI 130th ANNIVERSARY(1)

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埼玉県三芳町

令和元年は三芳生誕130年。新しい時代の幕開けに三芳がどのように誕生したのか――。その裏側に迫ります。

前略130年前の私へ――。

明治22年、1889年4月1日。いまから130年前、私たちが暮らす三芳町の前身となる「三芳村」が産声をあげました。
三芳村が誕生する前は、竹間沢村、藤久保村、北永井村、上富村の4つの村があり、合併し「三芳村」となりました。

◆新元号「令和」
それから130年。明治、大正、昭和、平成を経て、今年の5月から新しい元号「令和」となることが発表されました。
重なり合う二つの名「三芳と令和。令和は日本の万葉集の「初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫らす」という一節から引用され、「人々が美しく心を寄せあう中で、文化が生まれ育つ」という意味が込められているとされています。

◆万葉集の共通点
一方、私たちが当たり前のように触れる「三芳」の名。その由来をご存知でしょうか。
「三芳」の名称は、伊勢物語にちなみ名付けられたと言われています。「み」はとてもの意味、「芳(よし)」は美しいという意味を持ちます。
さらに三芳は新元号の令和との共通点があります。三芳野、吉野、芳野などが万葉集で88首も詠まれているのです。

◆LETTER FROM M
新しい元号「令和」、130年前に誕生した「三芳」の名。新しい時代が幕開ける今、三芳の由来、どのようにして誕生したのか。130年前にこの三芳の地でどのような出来事が起こり、今に至るのか――。先人が残した軌跡をたよりに、今月の特集でその背景に迫ります。

・三芳生誕130年を記念した式典が4月1日に三芳町役場前の広場で開催されました。このイベントの目玉の一つは130の手形で彩った桜の木の制作。桃色のカラーインクを手に塗りい、大きく広げた白いキャンバスに大小バラエティに富んだ手形をつけていきました。完成したものは役場で期限付きで展示中です。

・三芳生誕130年記念に花を添えたのは、藤久保中学校の吹奏楽部の皆さんによる演奏。途中、スペシャルゲストとしてみらいくんが登場。ちょっぴり前に出たお腹を気にしながら華麗なドラムを披露しました。またオランダのホストタウンということで、来場者にチューリップの苗をプレゼントする企画も行われ、手にした子どもたちは満面の笑顔の花を満開に咲かせていました。

▽三芳の名の由来
三芳村の「三芳」という名称は、平安時代の『伊勢物語』の「入間郡みよし野の里」にちなんだものです。では、なぜ「三芳野村」という名称ではないのでしょうか。実は、町村合併の準備が進む明治21年に、後の三芳村のほかに2つの新村が「三芳野村」という名称を入間高麗郡役所に申請しました。そこで郡役所では、「三芳野村」(現坂戸市内)、「芳野村」(現川越市内)、「三芳村」(現三芳町)とすることで解決したということです(『芳野村郷土誌稿』の記述による)。その後、三芳野村も芳野村も合併し、130年後の現在も市町村名として残っているのは唯一「三芳」だけとなりました。

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