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特集 天皇、皇后両陛下が『論語の里』をご視察

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埼玉県深谷市

9月21日に天皇、皇后両陛下が渋沢栄一翁の関連史跡をご視察するため、深谷市においでになりました。今回のご訪問は、平成26年11月の雪害復興状況のご視察以来、約3年ぶりです。
深谷市は、『近代日本経済の父』といわれる渋沢栄一翁のふるさとです。市内には、栄一翁の足跡をたどることのできる場所が数多く残されており、市ではその地を『論語の里』として整備を進めています。
論語とは、栄一翁が生涯の規範とした孔子の教えで、論語の精神を重んじた栄一翁の活動は、現在も多くの人の尊敬を集めています。
今月の特集では、両陛下ご訪問の様子に触れるとともに、あらためて栄一翁の関連史跡の集まる『論語の里』エリアなどを紹介します。

■渋沢栄一 (1840-1931)
深谷市出身の渋沢栄一翁は、『近代日本経済の父』と呼ばれ、約500の企業の設立、約600の教育機関・社会公共事業の支援に関わりました。また、国際親善にも貢献し、明治から昭和の日本を力強く支えました。

■誠之堂(せいしどう)・清風亭(せいふうてい)、旧渋沢邸『中の家(なかんち)』、渋沢栄一記念館をご視察
ご視察では、『誠之堂』で、設置されていた写真に目を留め、栄一翁の甥(おい)・元治(もとじ)、孫の敬三(けいぞう)についてもご質問をされました。また、誠之堂に続いて、『清風亭』をご覧になった際は、昭和天皇即位の際に建てられた皇居内の『花蔭亭(かいんてい)』の印象と重ね、陛下は「趣が似ている」と感想を述べられました。
その後、旧渋沢邸『中の家』で、主屋の外観や土蔵、栄一翁が父・市郎右衛門(いちろうえもん)とともに製造・販売した染料のもととなる藍玉(あいだま)の原料『藍』をご覧になった後、渋沢栄一記念館で栄一翁ゆかりの品々をご覧になりました。

■渋沢栄一翁をはじめとした郷土の偉人を生かしたまちづくり、人づくり
◇整備を進める『論語の里』エリア
今、深谷市では『「渋沢栄一翁と論語の里」整備活用計画』に基づき、栄一翁をはじめとした郷土の偉人や歴史を市内外の皆さんに伝えられるよう、歴史資源の保存・活用、観光振興や生活環境の向上、教育などを含め、一体的に取り組んでいます。
例えば、『論語の里』エリアでは、市内外からの観光客の誘致を目的に、バスも駐車できる駐車場の整備や『論語の里』の魅力をたっぷり伝えてくれる『ガイドボランティア』の育成に取り組んでいます。
また、旧渋沢邸『中の家』西側にある施設(旧学校法人青淵(せいえん)塾渋沢国際学園の施設)の有効活用に向けた取り組みも進めています。

◇次世代につなげる人づくり
さらに、深谷市では、栄一翁の意志を継ぐための取り組みも行っています。
栄一翁をはじめとした深谷の偉人の遺徳や思想をより広く顕彰するよう、市内小・中学校では道徳の時間などで副読本『深谷こころざし読本(とくほん)』を使用しています。
また、8月からは若手事業者が集まって語り合う『澁澤(しぶさわ)未来塾』を始めました。参加者は栄一翁も滞在した旧渋沢邸『中の家』という特別な空間で、栄一翁の精神を感じながら、地域と事業の課題解決などについて語り合っています。

■渋沢栄一記念館館長にインタビュー 渋沢栄一翁の『精神』をPR
今回、両陛下が渋沢栄一翁ゆかりの史跡においでいただいたことは大変名誉なことです。
今回のご説明では、栄一翁の活躍と併せてその『精神』の部分が伝わるようにご説明することを意識しました。
栄一翁の活躍でやはり注目されるのは経済面ですが、加えて社会貢献や国際親善など利益に直接関わらない部分にまで思いを巡らせました。
きっとこうした考え方は、現代の私たちにも通じる考え方なのではないのでしょうか。
これからも、渋沢栄一翁の顕彰事業として、さらに『論語の里』エリアを盛り上げ、栄一翁の経済面での活躍ももちろんですが、社会貢献、国際親善などにも力をつくした精神的な部分もPRしていきたいですね。

◇渋沢栄一記念館 館長 坂倉茂(さかくらしげる)
坂倉館長は天皇、皇后両陛下のご訪問にあたって、渋沢栄一記念館で館内の収蔵資料について説明を行いました。

■『論語の里』エリアの主な構成施設
深谷市で整備を進めている『論語の里』エリアが、今回の深谷市での天皇、皇后両陛下の主なご視察先となりました。
当日は、誠之堂・清風亭、旧渋沢邸『中の家』、渋沢栄一記念館の順でご覧になりました。

◇誠之堂
大正5年に栄一翁の喜寿を祝い、第一銀行の当時の行員が出資して建てられた。栄一翁は、第一銀行の初代頭取を務めていた。
平成11年に東京都世田谷区から深谷市に移築され、平成15年に国の重要文化財に指定される。

◇清風亭
栄一翁の後を継いで第一銀行の2代目頭取を務めていた佐々木勇之助(ささきゆうのすけ)の古希(こき)を祝い、当時の行員が出資して大正15年に建てた。
誠之堂と同時に、世田谷区から深谷市に移設され、平成16年に埼玉県指定有形文化財となる。

◇旧渋沢邸『中の家』
旧渋沢邸『中の家』は、渋沢栄一生誕地に、栄一翁の妹夫婦によって明治28年に建てられた。
屋根に天窓があり、当時の典型的な養蚕農家の形を残している。栄一翁は、多忙な中で帰郷した際に立ち寄り、寝泊まりをした。

◇渋沢栄一記念館
栄一翁に関連する資料が展示されている資料館を備えた建物。
今回、両陛下は渋沢栄一記念館で、藍玉や栄一翁が実際に身に着けて舞ったと伝えられる獅子舞の獅子、青淵由来之跡(せいえんゆらいのあと)の碑の拓本などさまざまな資料をご覧になった。

■『論語の里』エリア
論語の里エリアには、上に紹介した場所以外にも、栄一翁の論語の師でもある尾高惇忠(おだかじゅんちゅう)の生家など大小さまざまな史跡があります。また、エリアを少し外れますが、日本煉瓦製造(株)旧煉瓦製造施設『ホフマン輪窯6号窯』など、栄一翁も関わった施設も残されています。

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