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八尾歴史物語 五四巻

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大阪府八尾市

■古代人の移動の痕跡
年度末の3月になり、進学や就職、転勤に伴って引越しをする人も多いのではないでしょうか。現代は、電車や車などで他地域への移動は容易となりましたが、これらの交通機関がない古代は、陸路を徒歩で、海や川を木造船で移動していたので大変な労力が必要でした。そのような中で古代の人々の移動の痕跡が発掘調査で見つかった竪穴建物の遺構などから分かっています。竪穴建物とは、縄文時代から住居や倉庫に使われていた建物です。地面を掘り下げて円形や方形の床面をつくり、そこに炉(いろり)や竈(かまど)を設けています。屋根は茅葺(かやぶき)や土で作られ、掘立柱(ほったてばしら)で支えられています。本市でも、縄文時代後期(約3500年前)頃の竪穴建物の遺構が八尾南遺跡で見つかっています。また、小阪合遺跡では、古墳時代前期前半(約1800年前)頃の竪穴建物の遺構が見つかっています。この建物には、方形の床面中央に炉として使われた円形の穴と、貯蔵や作業用と考えられる長方形の穴があります。この穴の配置を「イチマル土坑」と呼び、このような特徴を持つ建物は、摂津や播磨、吉備、讃岐、阿波地方でみられます。さらに建物が使われなくなった後に堆積した土から、阿波地方で出土する土器が見つかっています。これらのことから、阿波をはじめとするさまざまな地方の人々が河内に移住し、移住先でも故郷の生活様式を引き継いだ竪穴建物を建てて生活していたことが分かりました。このように、建物構造や土器から、当時の人々の動きを垣間見ることができます。

問合せ:文化財課
【電話】924・8555【FAX】924・3995

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