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さだまさしさんと山本健吉さん

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福岡県八女市

■血につながるふるさと、心につながるふるさと

さだまさしさんが山本健吉さんと初めて出会ったのは、25・26歳のとき。山本さんは同じ長崎出身ということで、さださんを我が子のようにかわいがり、精神的支柱となりました。さださんが、山本さんの最初の妻であり俳人の石橋秀野さんのことを調べるうちに、八女市の杉山洋さん(画家・郷土史家)と出会ったことが八女を訪れるきっかけとなりました。
さださんは平成24年5月、山本健吉さんの25回忌法要と平成28年石橋秀野さんの70回忌追善法要に参列。この縁により、平成26年10月には八女市市制60周年・合併5周年記念事業として、さださんの八女市での初コンサートが実現しました。
山本さんの長女石橋安見さんは「血につながるふるさと、心につながるふるさと。父は石橋家のふるさととして、八女の地を大切に思っていました」と語ります。今回八女で2回目のコンサートを開いたさださんは、「山本健吉ゆかりのまちで歌わせていただくことは本当に不思議な思い」。
山本健吉夫妻が眠る石橋家の墓を毎年清掃するなど大切に守ってきた黒木町文化連盟の皆さん、法要を営んできた健吉祭実行委員会の皆さんなど、八女市の多くの人々の心がこのような縁を結び育てていきました。

○山本健吉(やまもとけんきち)
明治40年(1907)~昭和63年(1988)
文芸評論家。石橋忍月(八女市黒木町出身)の三男として長崎市に生まれる。本名石橋貞吉。古典文学に関する優れた評論を発表し、昭和58年文化勲章受章。俳句の研究でも知られている。昭和63年5月7日逝去。81歳。『浄土宗若泰山光明寺無量寿院』(八女市本町)の「石橋氏累代之墓」に眠る。

○石橋秀野(いしばしひでの)
明治42年(1909)~昭和22年(1947)
俳人。奈良県山辺郡二階堂村(現・天理市)に生まれる。文化学院で与謝野晶子に短歌を、高浜虚子に俳句を学ぶ。昭和4年山本健吉と学生結婚。俳誌『鶴』を代表する俳人として活躍するが肺結核と腎臓病を病み、昭和22年9月26日国立宇陀野療養所にて逝去。38歳。上記の墓に眠る。

[広報アーカイブス]山本健吉・石橋秀野は、本紙17ページ記載のQRコードよりご覧ください。

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