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京丹後市の文化財159 石造狛猫(せきぞうこまねこ)

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京都府京丹後市

■金刀比羅神社石造狛猫
峰山町泉の金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)は、文化8年(1811)に峯山藩第7代藩主京極高備(きょうごくたかまさ)が讃岐国(さぬきのくに)(現在の香川県)の金毘羅権現(こんぴらこんげん)の分霊(ぶんれい)を勧請(かんじょう)して、この地に建立されたと伝わっています。
鮮やかな朱色の神門をくぐり、石段を上がっていくと、途中に境内社の木島(きしま)神社があります。これは、文政13年(1830)に、ちりめん織の業者が、山城国葛野郡(やましろのくにかどのぐん)(現在の京都市右京区)の木島(このしま)神社から勧請したものです。この神社の前には、狛犬ではなく、全国でも大変珍しい狛猫が置かれています。
向かって左側の狛猫は、口を開く阿形(あぎょう)で、左足元に子猫を伴います。台座の銘文から、天保3年(1832)に鱒留村(現在の峰山町鱒留)の長谷川松助(はせがわまつすけ)が作ったことが分かります。松助は、石造地蔵菩薩立像(大宮町上常吉、平地地蔵)など市域に数多くの作品が残る石工です。
向かって右側の狛猫は、口を閉じる吽形(うんぎょう)で、台座の銘文から、阿形製作から14年後の弘化3年(1846)に作られました。
養蚕やちりめん業にとっての敵はネズミで、鼠害から大切な蚕や糸を守るために猫が大切に飼われていたといいます。木島神社に狛猫が作られた理由はここにあります。
このように石造狛猫は、通常の狛犬と異なり猫をかたどる点が珍しく、また作った時期や石工が分かる点が評価され、令和2年9月1日付で京丹後市指定文化財(彫刻)となっています。
(文化財保護課)

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