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マイ ストーリーズ

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島根県雲南市

国際交流員(CIR)スーキ・パチェコ・ジャン・ポールの異文化交流コーナー

■第6話 アメリカ事変、その2「勝利?独立?とにかくテキーラください」
Hello Unnan(ハローうんなん)!
前回アメリカの「大解放者」の本音を皮切りに、北中南米に起こった革命的な歴史の裏側や面白いところを語っていきます。今回は、メキシコで起こった戦闘がもとでできた祝日について語りたいと思います。
その祝日の名は「Cinco(シンコ)de(デ)Mayo(マヨ)(「5月5日」という意味)」です。アメリカではメキシコの独立記念日だとよく誤解されるのですが、実はメキシコのプエブラ州で起こった戦闘「プエブラの会戦」の勝利を祝う日です。1861年に、メキシコは経済的な危機に遭い、債権国のフランス、イギリス、スペインへの利払いを止めることになりました。この3ヵ国は武力でメキシコに支払うように迫ろうとしましたが、メキシコは支払いの停止はあくまでも一時的なので、撤退するように説得しました。しかし、フランスだけは説得に応じず、メキシコに侵攻してきました。そして、1862年5月5日にプエブラ市でメキシコ軍は血まみれの戦いに耐え、武力的に優位だったフランス軍を撤退させました。

ここで不思議なのは、メキシコの隣人であるアメリカもCinco De Mayoをにぎやかに祝うことです。この理由はいくつかあります。アメリカでは「プエブラの会戦」の翌年の1863年に、カリフォルニア州で初めて祝われました。それ以来、ほとんど気にされていないメキシコと違って、アメリカの5月5日は「プエブラの会戦」での勝利でなく、「メキシコ系アメリカ人文化の認識と祝福の日」になってきました。1998年のCinco De Mayoは、21個の州にわたり120件の公式のお祝いが行われたそうです。
また、ビール、ワイン、テキーラなどの酒造会社もこの祝日を積極的に宣伝したため、さらに普及しました。もし5月5日にアメリカに行ったら、お酒でワイワイ盛り上がっている人をたくさん目撃するかもしれません。このようにCinco De Mayoを考えると、文化のグローバル化現象、およびマーケティングとの関係がよく見られるのではないかと思います。

次回は「アメリカ事変」シリーズの最後に、南米へ移り、ベネズエラを独立へ導いた「カラボボの会戦」について語ります。どうぞお楽しみに!

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