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自治体の皆さまへ

地域おこし協力隊中村龍太郎(なかむらりゅうたろう)退任によせて

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山口県阿武町

地域おこし協力隊として、ABUキャンプフィールドの整備やイベント企画などの活動を行ってきた中村龍太郎(33・浜の一)は、令和3年12月末をもって任期を終え、退任を迎えました。
これからも阿武町に住み続けますが、ひとまずは3年間の活動と、阿武町での暮らしを振り返り、お世話になったみなさまへ感謝の言葉と、今後に向けたメッセージを掲載いたします。

阿武町のみなさま、こんにちは。私は平成31年1月に移住すると同時に「地域おこし協力隊」に着任し、3年間で主に4つの活動をしてきました。

(1)キャンプ場施設整備調整
前職の建築設計の知見を活かし、施設設計・工事における細かな調整を行いました。

(2)PRイベント企画運営
キャンプ場の周知・広報をするために各地でさまざまなPRイベントを仕掛けました。

(3)「森里海の市」立ち上げ支援
道の駅阿武町のマルシェをはじめるにあたり、イベント事務局に入り、支援しました。

(4)「日本で最も美しい村連合」
豊かで美しい暮らしの資源を有する地域の連合への加盟を推進しました(審査中)。

そんな3年間の阿武町暮らしを振り返り、いま感じるのは、「顔が見える」という当たり前の豊かさについてです。
この言葉だけではありきたりなので、よりイメージしやすい具体例を挙げるとすると、まず何かのご縁で町民の方と顔見知りになると、次に出会った時には当たり前のように何かをおすそ分けいただくことが多くあります。

それは野菜や果物であったり、お茶にお呼ばれしたり、家の改修を手伝ってもらったり、竹細工を教えてもらったり。出産祝いにと、イカをくれた漁師さんもいました。

阿武町の方々を見ていると、モノ・技術・時間などを見返りを求めずに惜しげも無く分け与えているように見え、最初は実は戸惑ったものです。

そこで私たちもそのお礼に何かをお手伝いしたり、その方のお店で買い物をしたりすると、また向こうから返しきれないほどのお礼が来たりします。

そんな居心地の良いやりとりの繰り返しの中でいつしか、できる時に、できる方法で、無理せず助け合える関係を、少しずつ深めていけばいいんだと思うようになりました。そしてそんな関係性の輪を少しずつ広げていくことが、人生の醍醐味なのかもしれないとも。

この「知り合う」→「分け合う」→「助け合う」→「深め合う」と発展する温かい関係性の中での暮らしは、両親が共に遠方にいる私たち家族にとって、何よりも心強いものです。

これが私が実感する阿武町の「顔が見える豊かさ」です。冷たい資本主義ではなく、「関係主義」とでも名付けたい、温もりにふれられるまち。

阿武町のみなさんにとってはありふれた日常の積み重ねかもしれませんが、東京から来た私たちにとっては、宝物のような暮らしのあり方です。東京では隣に誰が住んでいるかすらわかりませんでしたから。
そして、この一連の流れの中で、移住者にとっての難関は最初の「何かのご縁で町民の方と知り合う」の部分です。
その意味で、協力隊として活動することは多くのご縁をいただく仕事であったな、これがなかったら今の私たちはないなと改めて感謝するばかりです。

これからは一町民として、このような顔の見える関係性の輪に入れるよう少しずつ精進し、私たちも次の世代を含めて何を手渡していけるかを考えていきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

ありがとうございました!
上ふたつ(本紙)とも、協力隊の活動として作成したロゴ。まちに返せる最初の一歩として。

■中村龍太郎(なかむらりゅうたろう)
栃木県宇都宮市出身。東京都でインテリアデザインの仕事をしたのち、妻・千穂(ちほ)と共に平成31年に阿武町に移住。その年にゲストハウス&バー「暮らしを紡ぐ宿えのん」を開業。令和3年には妻と共にデザインユニット「nating design(ナティンデザイン)」を立ち上げ、阿武・萩中心にデザイン業も開始。同年には娘・咲穂(さくほ)が誕生、阿武町での子育てライフを満喫するかたわら、地域のお母さま方に教わりながら竹細工制作にも取り組んでいる。

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