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加茂の風土記「私設図書館の消長」

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新潟県加茂市

加茂市立図書館(町立加茂図書館)の創設は明治三十九年(一九〇六)です。施設は間借りで、昭和十六年(一九四一)にようやく独立した建物での開館を果たします。これと平行する時期、地域の青年は図書館を様々に開こうとしており、その動向は注目できます。
二十世紀初頭の加茂町では、図書館設立の動きが陸続(りくぞく)とみられます。まず明治三十六年、加茂町青年会が附属図書館を設置し、将来は町へ寄贈(きそう)する計画を立てました(『新潟新聞』明治36・2・7)。翌三十七年、東京に遊学中の古川郁太郎(のち青海神社宮司)は、明春(みょうしゅん)帰郷の暁(あかつき)に「万巻楼(まんがんろう)」と称する図書館を新設し、読書家へ公開するとしています(『新潟新聞』明治37・11・22)。彼らは自身が楽しみ、学んだ書物を後進の利用に供そうとしたのです。同様の動きは、町立加茂図書館の開設後も続きました。
明治四十四年、天理教南越分教会(なんえつぶんきょうかい)(新町)を主宰(しゅさい)する大橋永三郎(一八八五〜一九三八)は図書館の創設に乗り出します。歴史や考古学に関心が深く、稀覯書(きこうしょ)や郷土史料の収集を進めていた彼は施設を養徳文庫(ようとくぶんこ)と名付け、全国から寄贈図書を集め、南越分教会青年会の運営として明治四十五年に開館を実現します。さらに大正二年(一九一三)、加茂町・下条村・七谷村及び森町村・長澤村(各三条市)の五町村・八か所に巡回文庫を置き、利用の便を拡大しました。
この間、町立加茂図書館は加茂尋常(じんじょう)高等小学校の一隅(いちぐう)に置かれ、校舎新築のあおりで大昌寺(だいしょうじ)(松坂町)に移り、さらに南舎(なんしゃ)(加茂南小学校)へと三転し、ある時は厄介扱(やっかいあつか)いされたといわれています(加茂市立図書館『創立六十・独立開館二十五年史』)。職員はおらず、購入図書もわずかだった町立図書館と対照的に、養徳文庫は県下最大の私立図書館に発展します。
大正十二年、下条村の専照寺(せんしょうじ)(中村)住職江部香園(えべこうえん)は自坊(じぼう)に図書館を設置します。図書館は下条村も開設していましたが、香園は各地の新聞や雑誌を豊富に揃えて好評でした(『北越新報』大正12・12・12)。
やがて町や村は財政規模を拡大し、教育・文化への関与を深め、青年たちは役割を取り込まれて私設図書館は衰退します。しかし戦中・戦後の青年教育、のちの生涯学習の出発点として、彼らの取り組みは再評価に値(あたい)します。
(中澤資裕)

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