文化 歴史 歩・歩・歩(さんぽ)

ボランティアのおすすめスポット
香椎廟(びょう)から始まった香椎宮

「歩・歩・歩(さんぽ)・会」
党 礼子

香椎宮は、8世紀から10世紀まで香椎廟と呼ばれていました。廟とは御霊(みたま)を祀(まつ)る所です。
2世紀頃、仲哀(ちゅうあい)天皇と神功(じんぐう)皇后は、九州南部の朝廷に服属しない勢力であった熊襲(くまそ)を平定するため、香椎の地に大本営を置き、仲哀天皇は、志半ばでこの地で崩御し、神功皇后が天皇の御霊を祀る祠(ほこら)を建てたのが香椎廟の始まりです。
当時の大宰府政庁に赴任する者は、香椎廟に参拝することが恒例になっていたことから、皇室の廟として格式が高かったと思われます。
平安時代中期に編さんされた五十巻からなる延喜式(えんぎしき)(律令の施行細則をまとめた法典)のうち、神名帳(じんみょうちょう)(宮社に指定されていた全国の神社一覧表)に香椎宮は記載されておらず、式部省(人事儀礼に対する法規および実務を把握)に関する部分に「香椎廟」として記載されています。
11世紀以降は、霊廟から神社へと変わり、格式が高いことから「宮号(ぐうごう)」を公称し、橿日宮(かしひのみや)となり、今では香椎宮と呼ばれるようになりました。
香椎宮は全国に十六社ある勅祭社(天皇の勅使が派遣されて祭礼を行う神社)の一社です。皇室と香椎宮の長い歴史に思いをはせ、歩いてみませんか。