人生最期の瞬間まで、あなたらしく過ごすために。生きているうちから「死」と向き合う話をするなんて、そう考える人もいるかもしれません。しかし、人の命はいつか必ず終わりを迎えます。
「死」を考えることは、残りの「生」を考えること。
今月号では、あなたやあなたの大切な人が最期まで自分らしく生きるために今考えておくべきこと、そして、その思いに寄り添う医療・介護職のみなさんからのメッセージを紹介します。自分の最期をどのような形で迎えたいか、大切な人の治療や命の選択を迫られたとき、どのような決断をするか。一緒に考えてみませんか。
大江町で医院を営む吉河正人(よしかわまさと)医師は、治療やケアの末、1年に10人から20人を見送るといいます。息を引き取る瞬間、浮かんでくるのは、その人と出会ってから、旅立つ日までの思い出。
今年8月に亡くなった福山壽美枝(ふくやますみえ)さん(享年99歳)との出会いは、20年近く前のことでした。
2019年、壽美枝さんが腰を痛め、通院が難しくなったことをきっかけに、2週に1度、自宅への訪問診療が始まりました。
吉河医院院長 吉河正人(よしかわまさと)さん
◆女で一つで育ててくれた母へ 在宅介護を続けた4年半
夫と2人、自宅で壽美枝さんの介護を続けた娘の塩見幸代(しおみさちよ)さんは、4年半の在宅介護生活をこう振り返ります。
「母は食べることが好きで。ご飯をつくると、『おいしい、おいしい』と言って食べてくれるんです。甘酒や大好きなカボチャのスープをとてもおいしそうに飲むのを見るのが幸せでした」
父は早くに他界。女で一つで3姉妹を育ててくれた母に大きな感謝の思いを抱いていました。
◆幸代さんを支えた「大丈夫」という言葉
在宅介護を続けた4年半、いくつもの試練がありました。そのたびに幸代さんを支えたのは吉河医師をはじめとする在宅ケアチームでした。
「壽美枝さんは、扉を開けるといつも『おはよう!』とかわいらしい笑顔で迎え入れてくれました」
そう話すのは、訪問看護師の大野美穂(おおのみほ)さん。吉河医師と同時期から、週に1度、自宅でのケアを行ってきました。
「普段は、雑談をしながら血圧を測り、体を拭いたり、しんどそうだなと思ったら痰を吸引したりします。お話をしながら、返事の速度が遅いな、いつもと違うな、と感じることがあると、その時々に応じたケアをしていました」
24時間、終わりの見えない介護生活を送る幸代さんを支えたのは、大野さんの笑顔と「大丈夫」という言葉でした。
【1日でも長く、1時間でも多く母と一緒に過ごしたい】
当時のことを、幸代さんはこう話します。
「夜眠れない日が続くと辛かった。転倒など何かあるといけないから、夜中でもベッドのそばのセンサーが鳴るたびに駆けつけて…大野さんが来てくださることで、心からほっとできました」
◆治療方針は本人や家族の意向を優先
幸代さんが、壽美枝さんの最期を覚悟した瞬間は何度もありました。
「昨年の夏に母が肺炎になり、吉河先生に『入院しますか』と聞かれました。母の意向を受け、私が『1日でも長く、1時間でも多く一緒に過ごしたい』と伝えると、先生はその意向を尊重してくださり、お盆も毎日点滴や痰の吸引に来てくださいました」
同年12月には、血行障害のため右足の指先が壊死状態に。通常であれば、範囲が足全体に広がる前の切断も視野に入れる段階でした。
それでも吉河医師は、「どうなっていこうと、メスは入れない。病状を伝えたうえで、最期までおうちで生きたい、という本人やご家族の意向を受け、痛みを抑える治療法をとりました」
医師として、積極的な治療を進めることもできる状況のなか、優先したのは本人と家族の思いでした。
◆最期まで一緒に笑いながら過ごせてよかった
「今年の8月、4年ぶりに孫たちが帰ってきたんです。その時の母は驚くほど元気で、孫たちの顔や名前もわかる状態で。帰省最後の日、孫たちがそれぞれの家へ帰ろうとすると、母が洋服のポケットに手を入れて、お小遣いをあげようとしました。孫たちが断ると、母が言うんです。『ばあちゃん、元気になって来年までお金貯めとくから。また来年、帰ってきなよ』と。その2日後の朝、母は息を引き取りました。
つらいこともあったけど、最期まで一緒に笑いながら過ごすことができてよかった」
幸代さんは、後悔はない、と微笑みます。
4年半、何度も繰り返し聞いた「家に居たい」という母の願い。そして、痛みや苦しみなく最期の時間を過ごしてほしいという娘の願い。
2人の願いが叶えられた背景には、本人や家族の思いに全力で寄り添い支える、医師や看護師の姿がありました。
○最期まで穏やかに、後悔のない看取りを
施設では、プライベートの守られた個室を提供し、普段使い慣れた家具を持ってきてもらうなどして、自分らしい生活の場所で、最期まで安心して過ごしていただける環境づくりを行っています。
入所を希望される人の大半が施設での看取りを希望されるため、身体機能が低下したり食事が入らなくなるなどの様子が見られたら、ご家族と話し合い、最期まで穏やかに、自然な看取りをお手伝いするよう心がけています。また、最期の瞬間にはできる限りご家族にも立ち会っていただき、ご本人にとってもご家族にとっても後悔のない最期を過ごしていただくようにしています。
ご家族の介護では、難しい局面にあたることもあります。施設では、介護や看護、生活に関する専門職が連携しケアを行っていますので、お気軽にご相談ください。
特別養護老人ホーム豊の郷 施設長 塩見和信(しおみかずのぶ)さん
○ご本人やご家族の思いを多職種の連携で叶えたい
病気を受け入れる過程は、とても苦しいことです。私たちは医療職のプロとして、患者さんの気持ちを受け止め、ご本人とご家族が納得して最期を迎えられるようなケアを行っています。これまでには、「最期は家で過ごしたい」「死ぬまでにどうしても見たい映画がある」「病室からは見えない朝日が見たい」などのご本人の希望を多職種がつながり叶えてきました。
病院だからこそ多職種が常に情報を共有しながら関わることができます。ご家族も、遠慮なく、躊躇せず、思いの丈をお聞かせください。私たちが寄り添っていきます。
京都ルネス病院 看護部 出野(いでの)さん、岩田(いわた)さん、高見(たかみ)さん
<この記事についてアンケートにご協力ください。>