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シリーズ 福知山の文化財 収蔵資料紹介(73)

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京都府福知山市

■「福知山城跡出土埋納遺物」
福知山市教育委員会 所蔵

昭和61年(1986)、福知山城の天守再建に伴う送電線敷設工事の際に、地中から銅鏡・銅銭・竹筆・小刀が納められた丹波焼の壺が偶然出土しました。
出土した場所は現在の天守台の西側本丸中央部付近で、直径1mの平面円形をしたすり鉢状に掘り込まれた穴の中央部に、板状の自然石で覆うように蓋をされた壺が置かれていました。
壺内部の底には鏡面を上にした銅鏡1面が置かれ、竹筆19本と小刀1本が内壁に立てかけて置かれていることから、最後に銅銭を納めたものと推定できます。そして埋められた目的は、遺物の種類や埋納状況から、地鎮などの祭祀的な意味合いが強いものと推定されます。
出土した丹波焼の壺は高さ41・6cmで、茶褐色で焼成は良好です。壺の中に納められていた直径9・4cmの銅鏡は一対の雀と菊花をモチーフにした双雀菊花文鏡(そうじゃくきっかもんきょう)で、長さ15~23cmを測る竹筆は穂先に墨が残っているものはなく、使用の痕跡は認められませんでした。総数934枚の銅銭は、壺の中にばらばらに入れられていたため、紐で結んでいなかったものと推定され、錆のひどい小刀の詳細は不明です。
これらが埋納された地点は、江戸時代には福知山城の本丸御殿が建っていた場所でありますが、福知山城に伴う江戸時代に整地された地層よりさらに下の地層から穴が掘り込まれていることより、福知山城の整備に伴う整地前に埋納されたことが考えられ、また、納められていた銅銭の中で最も新しい朝鮮通寶(ちょうせんつうほう)が初めて作られた年代が応永30年(1423)であることから、15世紀半ばから16世紀にかけて埋納されたものと考えるのが妥当ではないかと思われます。
福知山城天守閣では、これらの出土遺物を展示しています。ぜひご覧ください。

問合せ:文化・スポーツ振興課
【電話】24-7065【FAX】23-6537

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