■「遺伝子の声」
循環器科内科・副院長 上運天 均(かみうんてん ひとし)
われわれ人類はなぜ生活習慣病にかかるのでしょうか。
生活習慣病の根底には、過食と運動不足があります。ではなぜ食べ過ぎ、怠惰になってしまうのでしょうか。
その答えは人類の進化、つまりわれわれの祖先が辿ってきた道にあります。われわれが豊富な食糧にありつけるようになったのは、たかだがこの100年前後です。最古の人類が誕生した500万年前(おそらくさらにその祖先も)からこっち、基本的に人類は食糧欠乏状態にありました。そのような状況下では、できるだけたくさん食べる、が正解だったでしょう。食べ過ぎるほど豊富に食糧はありませんし、たくさん食べようとする個体ほど栄養状態が良くなり繁殖にも有利だったでしょう。たまたまたくさん木の実がなっているのを見つけたとして、「毎日少しずつ食べてできるだけ長く食いつなごう」と思って今日ちょっとだけ食べて明日来てみると他の誰かや他の動物が全部食べ尽くしていた、という状況にも遭遇したと思われます。となると正解は見つけた瞬間、できるだけたくさん木の実を腹に詰め込む、となるでしょう。
また、食糧が限られている状況下では、エネルギーは非常に貴重です。したがってそれをできるだけ節約温存するためにムダに動き回らない、すなわち許す限りだらだらすることが正解になります。それでも必要に駆られて食糧を得るためにわれわれの祖先たちは一生懸命動き回ったはずです。
このような祖先が辿った道は、われわれの遺伝子に深く刻み込まれています。現生人類たるわれわれは、この遺伝子の声を聞きます。「たくさん食べ、目の前にあるものは腹がはち切れるまで詰め込み、そして休め」と。これがわれわれが過食をやめられず、買い置きのお菓子に手をつけてしまい、ごろごろだらだらしたがる根本的な理由です。
生命の設計図である遺伝子にこのような基本的な性質が書き込まれている以上、われわれが生活習慣病にかかるのもしょうがない、という考え方があります。これを遺伝子論的運命論(遺伝子決定論)と言います。ではわれわれはここから抜け出すことができないのでしょうか。
そんなことはありません。事実、われわれは遺伝子の声に逆らうことを日常的に実践しています。その最たるものが避妊です。できるだけたくさんの子孫を残せという遺伝子の声に実際に逆らうことができています。
ですので、われわれには遺伝子の声に逆らって生活習慣病を克服することが可能です。その方法にはさまざまあり、紙数の都合でここで挙げることはかないません。ひとつ挙げるとすれば、食欲やなまけ欲を上回るような強い動機(外見を良くしたい、子どものために長生きしたい、好きな運動の能力を向上させたい、など)を身につけることでしょうか。
人類がはじめて遭遇するこの飽食と怠惰の時代に、遺伝子の声を聞くだけではわれわれは適応できません。遺伝子の声をどういなし、かわし、逆らいだますか。このような観点からわれわれの生き方を考察するのもおもしろいと思います。
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