目くるめき、枝危(あやふ)きほどは、己れが恐れ侍(はべ)れば、申さず。
過(あやま)ちは、易(やす)き所になりて、必ず仕(つかまつ)る事に候
木登りの名人であった男が、弟子を木に登らせた際、「目が回るほど高いところにいて、枝が折れそうで危険なときは、木に登っている人自身が恐怖心を持っているから、何もいうことはない。失敗は必ず簡単なところになってからするものだ」と言った場面です。
徒然草「高名の木登り」より
◆事故の当事者にならないために
私たちは、通勤、買い物や家族の送迎などで毎日のように自動車を運転しています。また、食品や生活用品などの輸送にもトラックなどの車を用いるように、まさに、車は私たちの生活に欠かせないものです。しかし、その恩恵を日常的に享受するあまり、運転の危険性や運転者としての責任を忘れてしまい、漫然と運転している人も少なくないのではないでしょうか。
広報みまたでは、アンケート調査を実施。調査結果、警察署員や事故当事者の話などから、事故を経験した人は少なくなく、中にはもう少しで命が危険にさらされるような経験をした人がいるということ。そして、車を運転する以上「易き所(簡単なところ)」などはなく、事故のリスクは私たちのすぐ近く、日常にあふれているということが見えてきました。
本号では、事故の当事者にならないために、安全に生活するために、私たち自身にできることを考えます。
◆事故に遭ったことがある人が63%
7月に、自動車を運転する人を対象に実施した「自動車の運転に関するアンケート」の結果では、333人の回答者のうち事故に遭ったことがある人が63%、事故に遭いそうになったことがある人は85%と、いずれも高い割合となりました。
また、注意がそれてしまうことがある人が73%、標識や歩行者に気付くのが遅くなり急停止してしまったことがある人は63%と、半数以上の人がヒヤリとした経験があるようです。
◆事故のリスクは、日常にあふれている
アンケートに答えた人は、10代~80代の333人。運転してきた年数や総時間が長くなれば、事故を経験してしまう可能性は当然高まります。しかし、半数以上の人が事故を経験していることから、日常的に車を運転する人は、年齢に関係なく誰しも事故の当事者となる可能性が高く、アンケート結果からも、そのリスクが日常にあふれていることが分かります。
◆危害が及ぶ可能性や危険性は日常に溢れている
Q.「止まれ」の標識に気付くのが遅くなったり、横断歩道に歩行者がいることに気付くのが遅くなり、急停止してしまったことはありますか?
Q.何回程度、事故に遭ったことがありますか?
Q.運転中、考え事などにより注意がそれてしまうことはありますか?
Q.自動車の運転中、事故に遭いそうになったことはありますか?
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