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自治体の皆さまへ

砺波総合病院から

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富山県砺波市

病院のホームページもご覧ください。

■能登半島地震被災地へ DMAT初派遣
放射線技術科 主任 長宗 輝

この度の令和6年能登半島地震により被災された皆様、ならびにそのご家族の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
砺波総合病院では国からの派遣要請を受け、今回の地震でDMAT(災害派遣医療チーム)を3隊石川県に派遣しました。
DMATとは医師、看護師、業務調整員(医師・看護師以外の医療職及び事務職員)で構成され、大規模災害や多傷病者が発生した事故などの現場に、急性期(おおむね48時間以内)から活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けたチームです。
今回の能登半島地震は最大震度が「7」であり、これは全国のDMAT指定医療機関が国からの要請を待たずに待機を行う自動待機基準に該当します。当院のDMAT隊員のほとんどが発災直後から院内に集合し、いつ派遣要請があっても出動できるように医療資器材の準備や情報収集を始めていました。
地震発生が夕方であったため、発生して間もなく夜を迎えてしまい、現場の情報がほとんど入ってこないまま、その日の夜は病院で一夜を過ごすことになりました。翌朝、地震の被害が徐々に明らかになってきた9時45分に、正式な派遣要請があり、医師2名、看護師2名、業務調整員2名でチームを編成し、集合場所である公立能登総合病院へと出発しました。通常なら1時間半ほどで着く道のりが倍の3時間を要し、その後、能登総合病院からの指示で夕方より志賀町にある病院の支援に入ることになりました。
支援先の病院では70名程が入院していましたが、壁・柱の破損や天井の崩落、漏水が複数個所で見られました。特に2階の被害が大きく、診療継続は不可能な状態で緊急避難を要する状況でした。私たちが到着した頃にはすでに入院患者を搬出する準備が手配されており、その後夕方から夜にかけて約半数の患者を金沢の病院に搬出することとなりました。残った患者は被害の少ない病室、食堂へ再配置し、病院に留まる方針でしたが、翌日病院側から残っている患者も避難させたいとの申し出があり、その後のミーティングで『全患者の避難』へと方針が変更されました。
活動中、看護師は主に夜勤の支援をし、医師・業務調整員は院内にとどまり、診療を継続するために必要な物資の整理・依頼、二度にわたる病院避難に関して搬送先・手段の確保とその依頼、搬出優先順位の選定、搬出リストの作成等を行いました。病院スタッフとは定期的にミーティングを行い、通常診療再開のための掃除や片付けも一緒に行いました。
私たちは、4日の正午で現地を撤収することとなりましたが、翌5日中には残っていた全患者が避難し、無事完全避難が終了したそうです。後日行われた建物診断にて、病棟は立ち入り禁止になったとのこと…。
その後、当院は1月5日から2次隊として隊員4名が能登町の病院に、2月7日からは7次隊として隊員4名が1・5次避難所となっているいしかわ総合スポーツセンターで活動してきました。
被災地では現在も過酷な状況が続いていますが、活動を通じて触れ合った能登の人々の不安や悲しみを忘れず、今回の経験と新たな知見を今後の災害対策や受援側になった際に活用し、地域の中核病院、災害拠点病院として災害対応への取り組みを強化していきます。

砺波総合病院
【電話】32-3320

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