かつて徳川(とくがわ)家の直轄領だった足立区には、今も「徳川(とくがわ)家ゆかりの地」が点在しています。中には、貴重な文化財が見られる場所も!
今号では、区内に遺る「徳川家ゆかりの地」の一部をご紹介します。
◆ゆかりの地(一)
家康(いえやす)の家臣、河内(こうち)家ゆかりの寺院
延命寺(えんめいじ)
(延慶2〈1309〉年創建)竹の塚5丁目26番14号
竹の塚に住んでいた武士の河内知親(こうちともちか)は、慶長17(1612)年に初代将軍・家康(いえやす)に仕え、甲斐(かい)(現在の山梨県)の徳川(とくがわ)家領の代官を務めました。知親(ともちか)の息子の胤盛(たねもり)は大坂の陣(慶長19〈1614〉年から20〈1615〉年)に参戦、その子・胤次(たねつぐ)も戦を主任務とする大番となり、没後に葬られたのが延命寺です(のち西光院(さいこういん)〈竹の塚1丁目3番16号〉に改葬(一度葬った遺骸を改めてほかの場所に葬りかえること))。
◆ゆかりの地(二)
国内有数の学識寺院として家康(いえやす)の面前に
西新井大師(にしあらいだいし)・總持寺(そうじじ)
(天長3〈826〉年創建)西新井1丁目15番1号
西新井大師は、学問所としても古くから名声を得ていました。
慶長18(1613)年4月4日、家康(いえやす)は全国から選抜した真言宗の学識有力寺院を集めた討論会を駿府(すんぷ)(現在の静岡県)で開催。その席に西新井大師の僧侶が出席し、家康(いえやす)と直接会って討論しています。当時の家康(いえやす)は、将軍職を息子の秀忠(ひでただ)に譲り、大御所として実質的に全国を支配していました。翌年には大坂の陣が起こるという緊張の時代の出来事です。
ナビゲーターあだち観光将軍:
「西新井大師のご本尊である「十一面観音像(じゅういちめんかんのんぞう)」は弘法大師(こうぼうたいし)が彫ったと伝えられています。江戸でも知られたこのお話、8代将軍・吉宗(よしむね)が興味を持ち由来をくわしく調べていたそうです。」
◆ゆかりの地(三)
多くの文化財を伝える御朱印地(ごしゅいんち)
性翁寺(しょうおうじ)
(明応元〈1492〉年開山)扇2丁目19番3号
檀家(だんか)の武士が寺院を盛り立てようと将軍家に働きかけたことがきっかけで、慶安2(1649)年に3代将軍・家光(いえみつ)から領地を与える朱印状(しゅいんじょう)(将軍が代替わりごとに大名や公家(くげ)に出す保証書。有力寺院や神社に朱印状が出されると、大名や公家と同じ格式になる重要な文書)を拝領しました。ご本尊の「木造阿弥陀如来坐像(もくぞうあみだにょらいぞう)」(非公開)は東京都指定文化財に登録されており、絵画「性翁寺縁起絵(しょうおうじえんぎえ)」(非公開)も足立区登録文化財となるなど、多くの文化財を今に伝えています。
ナビゲーターあだち観光将軍:
「ご本尊は、6体の阿弥陀様をつくった際の余り木でつくったことから「木余(きあま)り如来」と呼ばれています。」
◆ゆかりの地(四)
22の末寺(まつじ)を持った由緒ある寺院
吉祥院(きちじょういん)
(寺院の創建は、嘉元3〈1305〉年説と正応元〈1288〉年説がある)本木西町17の5
戦国時代から、現在の足立区とその周辺地域の有力な寺院で、江戸時代には真言宗の22の末寺(本山の支配下にある寺)を持つ中枢寺院の1つでした。江戸城の重要な儀式の1つに、正月に江戸城に登城して将軍に挨拶する「年頭挨拶」があり、諸大名、公家などのほか重要な神社や寺院の住職が参列します。吉祥院は、歴代住職が正月に江戸城に登城する寺院で、登城する際に利用していた駕籠(かご)(非公開)が現在も残っています。
ナビゲーターあだち観光将軍:
「吉祥院には、旧山門のほか大正時代まで山門に掲げられていた「渕江山(ふちえさん)」の山号額(さんごうがく)(寺院の名称に冠する称号を「山号」といい、その山号を額の形で装飾したもの)(宝鏡院宮(ほうきょういんのみや)筆)(非公開)などが残されており、いずれも足立区登録文化財となっています。」
◆ゆかりの地(五)
平安の仏をまつる徳川(とくがわ)家ゆかりの寺院
實性寺(じっしょうじ)
(延徳元〈1489〉年創建)花畑3丁目17番18号
写真=實性寺の山門
写真=ご本尊の古仏「阿弥陀如来座像(あみだにょらいざぞう)」(足立区登録文化財)
「平安時代の名作で大変貴重!」
2代将軍・秀忠(ひでただ)と3代将軍・家光(いえみつ)が鷹狩(たかがり)(飼いならした鷹を野山に放って鳥や猪(いのしし)などを狩る狩猟の一種。江戸時代の武家たちは、技の向上と訓練のために盛んに催した。当時、足立区全域が鷹狩を行う「鷹場(たかば)」となっていた。)の際に訪れた寺院です。当時、この周辺は区内有数の教育施設が多く集まった地域で、幕末にこのお寺で開かれた私塾では、寺子屋の域を超えた高等教育が行われていました。
**********
問い合わせ先:(足立区)郷土博物館
【電話】03-3620-9393
<この記事についてアンケートにご協力ください。>