地域で話題になっている人や団体、企業などを紹介するシリーズ。
第25弾は、「秋月藩砲術林流抱え大筒保存会」の現会長であり、発足時のメンバーでもある木下章一さんを取材しました。
■Interview
秋月藩砲術
林流抱え大筒保存会 会長
木下(きのした)章一(しょういち)さん
朝倉市指定無形文化財である「林流抱え大筒」。
明治9年(1876)の「秋月の乱」の際、秋月党砲術隊長である中野五郎三郎が戦いに敗れ、傷ついて引き上げる途中、嘉麻市(旧嘉穂町)の縄田家にかくまわれました。そのお礼として、持っていた大筒を贈り林流砲術を伝授したとされています。現在は、縄田家から砲術を受け継ぎ、保存会が伝承しています。
■師範の技を100年先も
◇師範からの伝承
保存会の発足は昭和46年。きっかけは、林流抱え大筒唯一の伝承者である縄田勇造さんからの一言、「秋月藩ゆかりの大筒は、秋月の人たちに受け継いでほしい」という申し出からはじまりました。
当時、地域の人たちでも林流抱え大筒の存在を知っている人は多くありませんでした。しかし、秋月ゆかりの伝統を後世に伝えるため、私を含め地元の有志たちにより保存会を発足。縄田先生からの指導を受けることになりました。
大筒の長さは1メートル、重さは約30キロもあります。発射の反動と轟音(ごうおん)はすさまじく、練習当初は後ずさりするほどでした。心得の一つに「心眼掌(しんがんてのひら)を一にし」とあります。心を落ち着かせ発射に集中するという意味の教えです。この心得や先生からの熱心な指導のおかげもあり林流砲術を身に付けることができました。
◇存続の危機から全国へ
保存会を発足して3年が経った昭和49年、縄田先生が亡くなりました。甘木市無形文化財に指定され、これからという時に師範を失い、一時期は保存会の存続も危ぶまれました。しかし、地域の人たちの支えや先輩たちの励ましの言葉を受け、再び頑張ろうと決意しました。
当時、テレビ・新聞社からの取材などを受けていましたが、全国的にはまだまだ無名。そのため、全国の火縄銃保存会が集まる「種子島鉄砲まつり」や山形県米沢市の「上杉鷹山公まつり」など、全国各地のさまざまなイベントに参加しました。
今年も「種子島鉄砲まつり」に参加。抱え大筒のような迫力のある火縄銃は全国的に珍しく、周りの火縄銃保存会からは「林流砲術の後は演武しにくい」と言われることも。この大会への参加は、全国に林流抱え大筒が知られる良いきっかけになりました。
◇魅力と技を100年先も
林流抱え大筒は、一人で抱えて発射することのできる最大の鉄砲。大砲に限りなく近い鉄砲です。その魅力は、やはり音と衝撃。発射後の観客の皆さんから上がる歓声を聞くとうれしいです。
後継者不足などの課題もありますが、光月流太鼓・鎧揃えなど、他の保存会とも連携しながら今後も活動していきたいと思います。縄田先生から受け継いだ技を、100年先も途絶えることのないよう保存会メンバー全員が一つになり伝承していきます。
■秋月藩砲術林流抱え大筒保存会
※詳細は本紙またはPDF版をご覧ください。
■射ち納め・射ち初め
令和5年の射ち納めと令和6年の射ち初めを行います。ぜひお越しください。
日時:
[射ち納め]12月17日(日)14時30分ごろ
[射ち初め]1月8日(月・祝)10時30分ごろ
※時間は前後する可能性があります。
場所:秋月城跡梅園公園
問合せ:秋月コミュニティ運営協議会
【電話】25-0458
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