■初めて聞く、戦没者遺族の生の話ー「平和」は当たり前じゃないと知った
11月7日(火)、伊達市戦没者追悼式が行われ、戦没者遺族など60人が参列しました。全員で黙とうをささげたあと、須田市長が戦没者の御霊2867柱に対し、哀悼の意を表しました。
今年から市内中学校6校の代表生徒が式典に出席することになりました。これは戦争の悲惨さを後世に伝え、改めて平和の尊さを生徒たちに理解してもらうための取り組みです。参列した12人の生徒はそれぞれ祭壇に花を供え、戦没者の冥福を祈りました。
父を戦争で亡くした山﨑正伸(やまざきまさのぶ)さんが、戦後の食糧難の時代を、想像を絶する苦労の下に過ごした経験を語ると、生徒たちは息をのんで話に聴き入り、心に受け止めている様子でした。
▽Interview 私たちのような遺族を二度と出さないために
伊達市遺族会連合会 会長 佐藤悦三(さとうえつぞう)さん
私は満州で生まれ終戦で帰国しましたが、満州鉄道の社員だった父は戦後ソ連に抑留され生き別れになりました。当時3歳だった私は写真でしか父のことを知りません。
日本人の9割が戦争を知らない年齢となり、遺族会の会員数も年々減っています。そのような中、私たちのような遺族を二度と出してはならないことを、次世代に伝えていかなければなりません。学校教育の中で、さまざまな手段を使って日本の歴史の歩みを認識してもらうことが、戦争を知らない世代に伝えていくために大切だと思います。
▽Voice 被害にあった人のことを次世代に伝えたい
梁川中学校2年 服部楽(はっとりがく)さん
戦時下での暮らしやお父さんが戦争に行って残されたお母さんの苦労を初めて聞いて勉強になった。平和が当たり前ではないことを忘れかけていると思うので、戦争の悲惨さを次の世代に伝えていきたい。
▽Voice 戦争は何も生まない 戦争を忘れないことが大事
伊達中学校2年 五十嵐諒也(いがらしりょうや)さん
私の曽祖父も戦争で亡くなっているが、友達の曽祖父は最近まで生きていてくれたと聞いて、戦争がなければよかったと思った。戦争は何も生まないし、誰も幸せにならない。戦争を忘れず伝えることが大切だと思った。
<この記事についてアンケートにご協力ください。>