■希少動植物調査員からの報告(46)
この夏、苗場山頂の高層湿原帯での動植物調査が実現しました。
苗場山(2145m)の山頂付近一帯は、約700haにも及ぶ広大な高層湿原帯です。日本でもまれに見る特異な環境が形作られています。そのため、山頂付近一帯は、上信越高原国立公園内でも環境保護に対する規制が一番厳しい特別保護地区に指定されています。
このたび、難しい申請が通り、環境省等から湿原内への立ち入り許可をいただきました。以下にごく簡単に調査概要と結果を報告いたします。
1 調査実施期日
◆1回目 7月23日~25日
参加者4名 広瀬明彦(栄村希少動植物調査員)、涌井泰二(同)、中澤英正(苗場山麓ジオパーク推進室専門員植物専門家)、相澤優樹(教育委員会事務局)
◆2回目 8月6日~8日
悪天候のため、やむなく中止。
◆3回目 8月9日
参加者2名 広瀬明彦・涌井泰二
○好天予報のため、急きょ日帰りで調査を実施。
2 主な調査場所
山頂ヒュッテ周辺、ヒュッテ南西側及び南部の龍ノ峰周辺の池塘(ちとう)群。
3 調査結果概要
◆様々な池塘と植物
広大な湿原帯には、大小3千もの池塘(高層湿原内に出来た池)があると言われています。座布団一枚程度の小さいものから周囲が100m以上もある大きなものまでありました。水深は、10cmほどのものから1mを優に超えるものまで様々でした。
そうした池塘の水中には、全く植物が確認できない池塘もありましたが、ミヤマホタルイ、ヤチスゲ等の群落をもつ池塘が多くありました。
棚田のような池塘群にも遭遇しました。まさに古来の人々が、「神の苗代田」と記した絶景です。
池塘周辺には、食虫植物のモウセンゴケが密生していました。1か所、水深のある大きな池では希少種のホソバウキミクリ(環境省:絶滅危惧II類・長野県:絶滅危惧IA類)も確認できました。さらに多くの池塘で、ホソバカワモズク(環境省・長野県ともに絶滅危惧II類)といわれる藻類も確認できました。
◆チョウ類
頂上の高層湿原帯で、8種のチョウ類を確認しました。ヒメキマダラヒカゲ、ヤマウラギンヒョウモン、アサギマダラ、キアゲハ、モンシロチョウ、キベリタテハ、クロヒカゲ、シジミチョウの仲間。恐らくその多くが、麓で発生し山頂まで吹き上げられてきたものと思われます。天候が安定していれば、さらに多くのチョウ類が確認できたことでしょう。
◆トンボ類
山頂の高層湿原帯や池塘周辺で、5種のトンボ類の成虫を確認しました。アキアカネ、アオイトトンボ、オオルリボシヤンマ、カオジロトンボ、ウスバキトンボ。また、池塘内で4種のヤゴの生息を確認しました。カオジロトンボ、オオアオイトトンボ、アオイトトンボ、オオルリボシヤンマ。成虫・幼虫を合わせると、6種が確認できました。幼虫は多くの池塘で見つかり、寒冷で酸性度の高い池塘水の中でも、多数のトンボ類が生息していることに驚きました。
◆その他
今回の調査では、湿原内でニホンジカと思われる足跡を複数箇所で確認しました。山頂ヒュッテの管理人さんからも、4年前にニホンジカを目撃したとの情報を得ました。足跡から見ると、まだ単独個体のようです。昨今の少雪傾向から、今後夏季におけるニホンジカの増加と高山植物への食害が懸念されます。
苗場山頂という厳しい自然環境の中で、たくましく息づく動植物について、発見や確認ができた貴重な調査となりました。
(栄村希少動植物調査員・涌井泰二)
<この記事についてアンケートにご協力ください。>