■人生の「これまで」と「これから」を大切な人と会議(はな)してみませんか
〔インタビュー〕本人の思いを尊重し、それを支えた家族に話を聞きました
最期はどこでどのように過ごしたいのか。自分の希望を家族に伝え、湖西市内の自宅で最期まで『自分らしく』生き抜いた伊藤一朗さん(仮名・享年85歳)。本人の思いを尊重し、それを支えた妻の晴子さん(仮名)にお話を聞きました。
◆戸惑いもあったけれど
一朗さんは8年前にがんの初期診断を受け、手術や入院治療を受けました。その後は落ち着いた日々を過ごしていましたが、一昨年秋にがんが大腸へ転移して入院、さらに昨年4月には、多臓器に転移していることが分かりました。余命を告げられたとき、一朗さんは「うちにいたい。最期は家で診てもらいたい。」と晴子さんに伝えました。
晴子さんは在宅医療のイメージが全くわかず、何かあっても安心な入院のほうが本人のためにいいのではと考えましたが、医師が「やれるところまでやって、ダメならまた私たちと一緒に考えましょう」と言ってくれた言葉が後押しになり、一朗さんの思いを尊重することに決めました。
◆自宅で過ごせてよかった
今まで過ごしてきた日々と同じように、朝起きたら「お茶にする?コーヒーにする?」と普段の日常のように過ごせたのが良かったと晴子さんは振り返ります。
「好きな時に好きなものを食べたり、いつでも家族が会いに来られたり。やっぱり自分の家は落ち着くんだと思う」市外から子ども、孫、ひ孫が一朗さんのベッドの周りに集まりにぎやかに過ごしました。お酒が大好きで、泊まりに来た息子と晩酌を楽しんだり、誕生日に介護用の車を借りて子どもたちみんなと白須賀の浜にピクニックに行ったりもしました。
在宅看護が始まって1カ月ほど経った朝、一朗さんの様子を見た看護師から「会いたい人には会っておいた方がいい」と言われ、子どもたちが3人ともすぐ駆けつけました。その夜、晴子さんと子どもたち全員に手を握られながら、すっと眠るように、そしてとても穏やかに一朗さんは息を引き取りました。「みんなでみとれたこと、それが夫にとって一番よかったかな」。
人は誰でも、いつでも、命に関わる病気やけがをする可能性があります。命の危機が迫った状態になると、約7割の人が、医療ケアなどを自分で決めたり、望みを人に伝えたりできなくなると言われています。あなたやあなたの大切な人の「もしも」に備え、信頼する人と、価値観や気持ちを共有しておくことが助けとなります。
《人生会議》
あなたが病気にかかったときや、けがをしたとき、どのような医療やケアを望みますか?もしもの時に備え、あなたの希望や大切にしたいと思うことについて、周囲の信頼する人たちやかかりつけ医などと繰り返し話し合い、共有する取り組みを「人生会議」といいます。
◆支えになった医療スタッフの存在
週に一度往診してくれる在宅医の先生は、本人や家族の意思を大事にしてくれて、考えられる症状に対応できる薬を一通り置いておいてくれました。使用方法は丁寧に薬剤師が説明してくれ、判断に困るときは24時間いつでも看護師に電話で対応方法を聞くことができました。
在宅医療は24時間目を離せません。一朗さんが訪問看護で入浴などのケアを受けている時間を利用して、晴子さんが趣味活動などに出かけられるよう、関係機関が調整してくれたこともありました。
最初は医療スタッフが代わる代わる家に入ること自体に抵抗を感じていた晴子さんでしたが、時間がたつにつれ、「自分一人で悩んで抱え込んでいるより、いろんな人に頼ってみると道が開けるんだな」と感じるようになり、そのうち関わってくれる専門職の人たちが家族のような存在になったと言います。「お風呂が好きだったから回数を増やしてもらったり、訪問看護の皆さんにはわがままを聞いてもらったりしました。」
引きこもりがちになる介護の生活。社会とのつながりを大事にしたり、介護者の息抜き(レスパイト)をしたりすることは、本人・家族両方にとって重要です。本人も申し訳ないなどの感情を持つ方も多く、そのせいで精神的に疲弊することもあります。介護を担う家族の負担を軽減することは、在宅医療を続けるための前向きな選択です。
正解のない選択だからこそ、本人やご家族が良かったと思える生き方を選べることが大切です。そのためには、自分の思いを日頃から大切な人に伝えておくことが大事です。自分が最期まで自分らしく生きる準備として「人生会議」をしてみるのはいかがでしょうか。
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