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ありがとう札沼線

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北海道新十津川町

JR札沼線(北海道医療大学~新十津川駅間)が、4月17日(金)にラストランを迎え、85年の歴史に幕を下ろしました。
新型コロナウイルスの感染拡大防止による政府の緊急事態宣言の発表を受け、ラストランは当初予定していた5月6日(水)から2週間以上早まることとなりました。
駅の来訪者は、急に訪れた札沼線との別れに戸惑いながらも、札沼線への思いを胸に、午前10時発の最終列車に手を振りながら最後の雄姿を目に焼き付けていました。

4月16日夜に、JR北海道から札沼線のラストランが翌日17日となることが発表されたにも関わらず、最終列車を一目見ようと、多くの町民や鉄道ファンが新十津川駅を訪れました。
当初はラストランが5月6日に予定されており、町観光協会や新十津川駅を勝手に守る会の皆さんが有終の美を飾ろうと準備をしていましたが、突然訪れたラストランを静かに見送っていました。
新十津川駅前では、最終列車の発車前にお別れセレモニーが行われ、JR北海道の島田社長や熊田町長、笹木町議会議長などの関係者が参加しました。熊田町長は、長年住民の足として活躍してきた札沼線に感謝の意を述べ、運転士に花束を贈りました。
最終列車は2両編成で163人の乗客を乗せて新十津川駅を出発していきました。

■札沼線のあゆみ
大正10年
石狩川右岸鉄道速成同盟会の会長を務める新十津川村出身の東武衆議が陣頭に立ち、政府と国会に鉄道敷設の猛運動を展開

昭和2年10月
札沼北線の沼田から工事着工

昭和6年10月10日
札沼北線の石狩沼田~中徳富(現新十津川駅)間(34.9キロ)を開業し、上徳富駅・石狩橋本駅・中徳富駅(現新十津川駅)の3駅が新設

昭和9年10月10日
札沼北線の中徳富(現新十津川駅)~浦臼間(13.8キロ)を開業し、下徳富駅が新設

昭和10年10月3日
札沼南線の石狩当別~浦臼間の開業に伴い、札幌~石狩沼田間(113キロ)の全線を「札沼線」に改称

昭和18年10月1日
太平洋戦争の激化により石狩当別~石狩沼田間の運行が順次休止し、線路を樺太鉄道線に転用

昭和28年11月3日
雨竜~浦臼間の運行が再開
中徳富駅を新十津川駅に改称

昭和31年11月16日
北上徳富駅と中徳富駅(現弥生区内)、南下徳富駅が新設

昭和47年6月19日
石狩沼田~新十津川間(34.9キロ)が廃止。新十津川駅が札沼線の終着駅となる

昭和61年11月1日
新十津川駅が無人駅となる

平成18年3月18日
中徳富駅が廃止

平成28年3月26日
新十津川駅の発着が1日1往復となり「日本一早い最終列車が出る終着駅」となる

平成28年3月26日
新十津川駅を訪れた記念として終着駅到達証明書の配布を開始

平成29年2月11日
新十津川駅前をアイスキャンドルで灯したエキアカリを開催

平成29年4月1日
新十津川駅を勝手に守る会が31年ぶりに硬券入場券を発売

平成30年4月27日
新十津川駅舎内に観光案内所を開設し、地域おこし協力隊が常駐

平成30年6月25日
町が廃止の受け入れを表明

平成30年12月20日
沿線4町の浦臼町、月形町、当別町と本町が北海道医療大学~新十津川間の廃止に合意

令和元年11月17日
観光列車「山紫水明号」が新十津川駅に運行

令和2年4月17日
新十津川駅発着のラストラン運行
翌日18日からから5月6日までは運休

令和2年5月7日北
海道医療大学~新十津川駅間(47.6キロ)廃止

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