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《特集》滝川開村130年記念 タキカワカイギュウ1980-2020(1)

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北海道滝川市

雨が降らず、晴天続きだった1980年8月10日。空知川は、渇水状態にありました。すっかり干上がってしまった空知川では、普段、川の水で隠れている小石などが顔をのぞかせています。そんな空知川の河床で、ほかとは様子が異なる「大きな石」が発見されました。『タキカワカイギュウ』発見の瞬間です。
タキカワカイギュウの発掘・研究・普及は、市民の手で成し遂げられた北海道初の事例となり、この一大事業は、その後の北海道の化石発掘に大きな影響を与えました。そんなタキカワカイギュウは発見されてから今年で40年を迎えます。

【発見】
1980年8月10日、当時赤平市に在住していた久野春治さんによって、タキカワカイギュウは発見されました。愛石家であった久野さんは、趣味である石探しをしている最中、空知川の本流と川原の間にて、骨のような大きな塊を発見しました。
「大きな化石のようなものを発見した」と市が連絡を受けたのは、発見から2日後のことでした。「一体何の化石だろうか…?」その正体を明かすべく滝川市は動き出しました。
市教委は北海道開拓記念館に調査を依頼し、発見された骨格の一部や地層の様子から「500万年前に生息していた『ヒゲクジラ』ではないか」という見解が示されました。「滝川でクジラ発見!!」の一大ニュースにまちは大いに盛り上がりました。

【発掘】
発掘作業への取り掛かりは、化石の発見から8日後の8月18日を予定していました。しかし、作業予定日の4日前から雨が降り始め、化石発見現場である空知川の水位は上昇してしまいます。それにより、予定していた『築堤作業』になかなか着手することができず、発掘は困難を極めました。また、雨の影響で、25日にはダムの放流が決定したため、それまでに発掘作業を終えなくてはならないという状況に陥りました。
築堤作業終盤には、多くの大型重機が用いられ、作業効率は格段に上がりました。これにより、ダムの放流前に発掘作業の要となる堤防を無事完成させることが出来たのです。

◆その情報もうひと掘り
○なぜ築堤作業を行ったのか?
築堤とは、土砂を集め堤防を築くことをいいます。今回のケースでは、川底で化石が発見されたため、堤防を築くことで、発掘エリアが浸水することを防ぐ必要がありました。

次に行ったのは排水作業です。堤防完成後、化石の周囲に土のうを積み浸水対策を強化するとともに、川底から湧き出る水を動力ポンプで排水しました。ここからようやく、発掘作業が始まります。発掘するにあたり、まずは、どのくらいの量の化石が埋まっているのかを把握するため、地表をはがす必要がありました。ハンマーやつるはし、削岩機などを使い地表をはがした結果、化石は全体の75%ほど残されていることがわかり、発掘に携わった約70名は大いに沸き立ちました。本来は、化石全体を3つのブロックに分け、木枠で囲むことで、それぞれを掘り上げる計画でした。しかし、天候に恵まれないことや、ダムの放流が間近に迫っていたことなどから時間に限りがあったため、急きょ作戦を変更し、化石に和紙を貼り、その上を石こうで固め、岩石ごと掘り上げることで築堤完了後約2日間という短時間で化石採集に成功しました。

【クリーニング】
発掘された化石は、「滝川化石クジラ(後にシレニア)研究会」の会員が中心となりクリーニング作業を行いました。この作業は、たがねやハンマーといった工具を使い、余分な岩石を取り除いて化石を掘り出す作業でしたが、見つかった部位が多かったこともあり、膨大な時間を要しました。その後、クリーニングが進んだことなどから、クジラとの差異が明らかになり、詳しい調査が行われた結果、発掘から4か月を経た12月に草食の海獣「カイギュウ(海牛)」であることが報告されました。カイギュウの全身骨格の発見は世界的にも大変珍しい事例であり、科学史的にも大きな意義を持っていました。

◆その情報もうひと掘り
○滝川化石クジラ研究会とは
地元の教職員を中心に化石の研究に関心を持つ人々40人で構成された組織です。カイギュウであることが判明したのちは、名称を「シレニア(カイギュウのラテン語)研究会」と変更しました。クリーニング作業だけではなく、化石教室の開催や広報誌「シレニア情報」を発行するなど、タキカワカイギュウの普及活動にも大きく貢献しました。

【レプリカ作り】
クリーニング作業によって、タキカワカイギュウは閉じ込められていた岩石から開放されました。この巨大な化石を多くの人々に見てもらうために行われたのが、レプリカ作りです。化石にシリコンゴムをかけて取った型にプラスチックを流し込み、固まったところで型から外し、丁寧に着色します。完成したレプリカは、本物と遜色ない仕上がりとなりました。化石の「再生」を可能にしたこの作成技術は、後に『滝川方式』と呼ばれ、国内外の多くの人々に注目されました。

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