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歴史の風(93)~神社合祀と多賀城西部の神社~

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宮城県多賀城市

本市西部に所在する新田の冠川(かむりがわ)神社と高橋の大日堂(だいにちどう)には、明治43(1910)年に南宮の南宮神社、山王の日吉神社とともに市川の陸奥総社宮に合祀(ごうし)されたという歴史があります。これは、神饌幣帛料(しんせんへいはくりょう)削減のための明治政府の政策によるもので、この時期、市内の他の神社でも合祀されたものがあります。

明治43年3月、この4社(大日堂は大日賣(おおひるめ)神社とされている)の関係者が宮城県知事あてに提出した「神社合祀願」には、氏子が少ないため維持していくことが困難で、祭祀を継続することができない旨が記されており、地元住民からの請願というかたちで進められたことが分かります。しかし、実際は住民の心情をくみ取った政策とは言い難く、合祀後、表向きは神体不在となっても、地域ではそれまでどおり祭祀が続けられました。
現在、陸奥総社宮にはその時に合祀された神社の棟札が保管されており、冠川神社は、明治10(1877)年本宮一宇改正棟札、明治21(1888)年奥殿新建棟札の2点、大日堂は弘化2(1845)年大日如来堂修復、安政4(1857)年大日堂奥殿修復、文久4(1864)年大日堂奥殿屋根修復の3点が現存しています。これらの資料から、堂宇(どうう)の修繕が滞りなく行われていたことが読み取れ、村の鎮守として人々が大切に守っていた様子を知ることができます。

また毎年4月に行われる陸奥総社宮の例祭では、神輿がかつて合祀していた神社をまわります。この神輿渡御には明治末期に全国を席捲(せっけん)した神社合祀という大きなできごとの一端を見ることができます。

平成31年度の「歴史の風」は、新田・高橋地区の文化財調査の成果を基にした内容を掲載します。

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