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【飯豊遺産】いいで・ヘリテイジ 37

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山形県飯豊町

◆宇津峠の通行人(3)

前回は古川古松軒という人物が著した江戸時代の宇津峠の様子をご紹介しました。
この時代の宇津峠は文章だけではなく絵にも残されています。描いたのは長谷川雪旦(はせがわせったん)という絵師です。雪旦は安永7年(1778)に江戸で生まれた人物で、若い頃は彫物大工だったのですが、絵を好んだことから画工となり、本の挿絵や肖像画を描いて生計を立てました。40歳になると転機を迎え、唐津藩の御用絵師に召し抱えられ、各地を旅し、その土地の風俗や名所のスケッチを書き残しました。そのような絵が挿絵に使われた「江戸名所図会」という本が評価されて名声を得、優れた絵師や医師などに授けられる称号、法眼(ほうげん)に叙せられました。
文政13年(1831)、雪旦は江戸から奥羽街道を北上し、北上、仙台を訪れ、次いで裏日本に入り、赤湯温泉に一泊した後、飯豊、小国、下関を通り新潟へ向かいました。このとき描いた「北国一覧写(ほっこくいちらんしゃ)出羽越後(でわえちご)」に越後方面から宇津峠を下りてきた人物を描いたと思われる絵があります。細い山道で、大量の荷物を背負った男が一息入れており、その荷物は越後から運ばれてきた木綿であることが記されています。この絵からも、江戸時代の宇津峠は物流の道でありながら、難所であったことが分かります。雪旦の描いた宇津峠も古川古松軒同様、天保6年(1835)から行われた改修工事以前の様子を描いたものです。

問合せ:社会教育課生涯学習振興室
【電話】72-3111

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