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【連載】随想 町長の見て歩き(136)

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山形県飯豊町

■『お盆』
後藤幸平

何とか、大きな災害なく豪雨の集中する時が過ぎた。五十年、百年に一度あるかどうかという降雨が毎年のように発生する最近の気象から、気候非常事態宣言を発出した飯豊町としては、ホッと胸を撫で下ろすこの季節である。ただ秋の台風シーズンはこれからだから油断してはおれない。幸いに稲の成長は順調で、立派に出穂した田んぼも現れた。おいしい新米のごはんを楽しみにしておられる人はたくさんいる。もう一つのオリンピック、収穫の秋の金メダル、ゴールまでもうひと息だ。
八月に入るとたちまちお盆が来る。ふるさとに人々を向かわせるお盆でも、新型コロナウイルス感染の収束が見込めない現状では、お盆期間の人々の帰省や交流を制限せざるを得ない現実がある。十三日に墓参りをして、故人となった父や母、先祖の霊を仏壇に迎え霊を慰め、手を合わせて向き合う風習がお盆である。久しぶりに現世を目の当たりにした魂は、コロナ禍の情景にどんな感慨をもたれるのだろうか。少なくとも、「しっかり生きているか」「うん、みんな何とか頑張っている」「真心と慈しみの心を忘れてはならぬ。大きな目と耳で判断せよ。信念を貫け」「はい。しっかりと為すべきことを成し遂げます」などと心の対話が成り立つお盆でありたいものだ。
お盆を歌った歌がある。『五木の子守唄』。「おどま盆ぎり 盆ぎり 盆から先ゃおらんど 盆が早よ来りゃ 早よもどる」と何気なく口ずさんでいた歌詞に、子守りの歴史的背景が秘められている。「夕焼小焼の赤とんぼ 負われて見たのは いつの日か 十五で姐(ねえ)やは嫁に行き お里のたよりも 絶えはてた」の『赤とんぼ』は赤ん坊側の追想か。年若き子守りと赤ん坊とのふれあいの内容を深読みすると胸が熱くなる。お盆という歳時は、望郷の思いを募らせるのである。
町の出生数は三十人台となり、人口維持に必要な出生数の半分になった。懸命な子育ての中に生き抜いた村の歴史に思いをはせ、今とこれからを考えるお盆でありたい。

(17:パートナーシップで目標を達成しよう)

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