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各務用水物語 永遠の水 41

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作 ・大堀一志
挿絵・廣江貴子

春の日永(ひなが)とはいえ、いつの間にか辺りが夕闇に包まれかけていた。
「それにしても…地震は予想外じゃった。けど、何とかお盆ころには終わりそうだ。予算は遥かに超過してしまったが…」 
岡田只治が一人語りのように呟いた。
「責任を持つと言った以上、金のほうはワシが何とか…」
「いや、横山さん一人に押し付ける訳にゃ行かん。私の当初の見積もりが甘かったこともある」 
浄念寺の本堂は静寂に包まれていた。 

地震の復旧工事がすべて終了したのは明治二十六年の八月末だった。したがって、この年も水不足のまま夏を越した。当然ながらこの年も大幅な収量不足だった。しかし、復旧の翌年つまり二十七年の五月には用水に水が引けた。滔々(とうとう)と水が流れる用水を見ながら農民たちは順調に田植え作業を済ませることができ、昨年までの労苦が嘘のように思えた。 
田植えが終わってからも上流から各村へ公平に水が行くように各所に番人を立て、昼夜を問わず見張った。夜は数百個の松明(たいまつ)を立てて水の流れを監視した。この時の監視には延べ人数で三千人以上の人夫を要したという。 
しかし、それでも水番を巡る諍(いさか)いは日常的に起き、常に殺気立っていた。特に用水の分岐点では二手に分ける水量について水番には権限がなく、強硬に申し入れた方に多く水を流すことになり、他方からは不平不満が出ることになる。調停に立った役員たちの苦労は並大抵ではなかった。             

―つづく

【これまでのあらすじ】
濃尾大震災に見舞われた横山忠三郎らは、当初10銭だった人夫賃を20銭に値上げして、各務用水の復旧に取り組んでいた。明治25(1892)年、春、忠三郎と岡田只治は、浄念寺で向かい合っていた。

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