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もっと知りたい! 葛西沖 vol.8

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東京都江戸川区 クリエイティブ・コモンズ

■葛西沖vol.8歴史を物語る石碑「将監の鼻」と区画整理事業

◇石碑「将監の鼻」
臨海町三丁目に「将監の鼻」という石碑があり、その石碑はかつての「葛西海岸堤防」があった場所に設置されています。「将監」とは、かつて江戸幕府の船の管理や海上巡視を担う船手頭(ふなてがしら)として活躍した向井将監忠勝(むかいしょうげんただかつ)の屋敷があったことに由来するといわれています。また、「鼻」は石碑のあるこの場所が、旧堤防を上から眺めると海に突き出た所にあり、その形が鼻に似ていたことに由来しています。
当時、葛西海岸堤防の海側には約178ヘクタールの民有地がありました。主に葦(よし)が茂った原っぱで、そこで刈った葦が茅葺(かやぶき)屋根の材料などとして使われていました。しかし、戦後、地下水のくみ上げなどによる地盤沈下により、その土地は徐々に海中へ沈んでいきました。
昭和47(1972)年から始まった葛西沖開発土地区画整理事業で海の埋め立てが進み、葛西海岸堤防の外側にあった地盤沈下で水没した土地は新たな陸地としてよみがえりました。また、この事業によって造られた葛西臨海公園まで海岸線が移動し、昭和32(1957)年の完成以来、長らくまちを水害から守ってきた葛西海岸堤防はその役目を終えたのです。

◇土地を金や銀に変える
葛西沖開発土地区画整理事業と並行して、陸域でも葛西地域を含めた土地区画整理事業が行われました。事業が始まった頃の江戸川区は、人口急増による土地の乱開発が進んでいました。このままでは道路も公園もない劣悪な環境になってしまうという懸念から、計画的に道路、公園、上下水道といった公共施設を整備してまちをつくる土地区画整理事業が求められたのです。
土地区画整理事業では、地域の人が話し合い、土地を少しずつ出し合って道路や公共施設などを整備し、住みよいまちづくりを進めます。当時、江戸川区長は、「鉛を金(きん)にすることはできないが、区画整理は土地を金や銀に変えることができる」と話していました。これを受け、暮らしやすいまちをつくるためには土地区画整理事業が不可欠であるとの考えから、地域住民が土地区画整理組合を設立し住民主導でまちづくりを始めました。
現在では東京都や江戸川区が行った区域も含め、区の陸域面積の約3分の1に当たる約1270ヘクタールもの区画整理を行うことができました。これほどの面積を区画整理した自治体は全国でも例がなく、自らの手でまちをつくっていこうという区民の意識の高さが感じられます。
葛西地域は、このようにして半農半漁の村から、豊かな自然と都市施設が充実したにぎわいあるまちへと見事に変貌していったのです。

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【電話】03-5662-6368

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