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九州北部豪雨から10年(2)

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熊本県阿蘇市

■「ボランティアのおかげ」人と人のつながり大事に
◇災害ボランティアの働き
一の宮町古城の三野地区。大きな被害を受けた地区のひとつです。
渡邊スミ子さんは生まれてから現在まで80年以上にわたりこの土地で暮らしています。10年前の水害では土砂崩れにより敷地内の納屋が倒壊。自宅はなんとか倒壊を免れましたが、1階の床上まで土砂が押し寄せました。
渡邊さんもうここには住めないと思うほどの被害の中、救いの手を差し伸べたのがボランティアの人たちでした。床下の泥出しや消毒など懸命な作業の結果、数か月後には元の家で過ごせるようになりました。「ボランティアの人たちのおかげ」と渡邊さんは感謝します。
國津育美さん(西1区)も渡邊さん宅で復旧に尽力したボランティアの一人でした。熊本市内に住んでいた國津さんは、阿蘇市でのボランティアが足りないということを知り、「私にもできることがあるかもしれない」と災害ボランティアセンターを訪れました。
「体の小さい私でも意外とできることは多いな」。初めての災害ボランティアでしたが、役に立てたという実感があったそうです。

◇センターではできないことを
國津さんはボランティアセンターの閉鎖後も、前原さんや支援現場で出会った人たちと共に活動を続けました。その活動は多岐にわたるものでした。泥やがれきが流れこんだ田んぼをきれいにしたり、満開のひまわり畑を整備してイベントをしたり。これらは全て、ボランティアセンターでは請け負うことができないものでした。國津さんは「困っている人がいればどんな活動でもした」と話します。

◇人と人のつながり
渡邊さん宅では、倒壊した納屋があった場所に家庭菜園を作りました。基礎を取り除き、土をいれただけの手作りの畑でしたが、渡邊さんは今でもきゅうりやなすを育てています。
はじめは被災者とボランティアの関係だった國津さんと渡邊さん。今では友達のような関係です。ある日、國津さんが渡邊さん宅を訪れました。旅行のお土産を渡邊さんに渡すためです。「パトロールじゃありませんが、このあたりの家に顔を出して回っているんです」と國津さんは笑います。
國津さんが来ると渡邊さんは「ごはん食べていかんね」と誘います。畑でとれた野菜を使った料理が並ぶ食卓を2人で囲むと話が尽きません。
國津さんは阿蘇での活動を継続していくため、平成27年に阿蘇に移住。「この人が阿蘇にいてくれるだけで安心します」と渡邊さんは微笑みました。
前原さんは災害に強い地域にするためには人と人の繋がりが重要だと話します。「人口が減少している現代社会だからこそ地域の人と人のつながりが大事です。野菜をおすそ分けしたり、困っている人がいたら手を差し伸べたり。こうした助け合いは、災害時に被害を小さくすることにもつながります」

◇災害に強い阿蘇を未来へ
平成28年4月の熊本地震、同年10月の阿蘇中岳第1火口の噴火など、この10年の間も阿蘇は災害に苦しんできました。
災害の記憶を未来につなぐこと。人と人とのつながりを強くすること。災害に強い地域にするために大事なことについて私たち一人一人が考えなければなりません。追悼式典で誓いのことばを述べた住さんはこう述べました。
「災害に対して私たちができることはなんでしょう。それは『連携』ではないでしょうか。家族との連携、地域との連携、地域行政との連携。家族と避難場所の確認をしたり、地域とのコミュニケーションをとったり、そういう人との繋がりが大事なのではないでしょうか。この先、また災害が起こるかもしれません。未来へ何ができるのか。私は人と人との繋がりを大事にしたいと思います」

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