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太宰府の文革~公文書館だより~

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福岡県太宰府市

町絵師 齋藤 秋圃(さいとう しゅうほ)の交友関係

齋藤秋圃(1772~1859)は、江戸時代後期の筑前を代表する絵師の一人で、晩年は大宰府に住み町絵師として活躍しました。本年4月、新しく太宰府市の指定文化財になった齋藤家資料は、この秋圃と息子梅圃(ばいほ)を中心とした約1400件に及ぶ新発見の資料群で、絵師の家の資料らしく画稿(下絵など)が主ですが、100件を超える文書類も含まれています。特に秋圃に宛てられた書状の差出人を見ると、その豊かな交友関係を明らかにすることができます。

まず俳人については、蕉風(しょうふう)(松尾芭蕉とその門人たちの作風)の復興に寄与したことで知られる大坂の大江丸(おおえまる)の名がみえます。秋圃は絵俳書や俳諧摺物とよばれる俳諧に絵を添えた書籍や印刷物を京坂(けいはん)の版元から出版していますが、そうした中で、大江丸と関係を持ったのかもしれません。

絵師としては、京都で活躍した円山(まるやま)四条派の紀 広成(きの ひろなり)の名が目を引きます。秋圃は京都生まれで円山 応挙(おうきょ)(円山四条派の祖)らに師事したと伝えられますが、京都の画壇との結びつきをこの書状で確認できます。また、中国の画人江稼圃(こうかほ)が秋圃に宛てた書状も残ります。長崎で江稼圃に師事しようとした秋圃は、その絵の技量をみた江稼圃から断られたというエピソードが残っていますが、両者の確かな交流を示す資料としてこの書状は貴重です。

僧侶との交わりで注目すべきは博多聖福寺住持仙厓(せんがい)の書状です。両者はお互いがお互いの肖像を描くなど親しく交わっていました。この書状の宛名には2羽の鳩の絵が描かれており、「双鳩(そうきゅう)」という秋圃の雅号を表しています。名前を絵で表現するところに、仙厓の洒落(しゃれ)心と秋圃への親しみを感じとることができるでしょう。

その他にも学者・医者・商人・神官などさまざまな職業の人物との交流をこの資料群から読み解くことができます。齋藤家資料の本格的分析はまだはじまったばかりです。今後の研究の進展が期待されます。

太宰府市公文書館 
朱雀 信城

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