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[特集]戦後77年

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福岡県筑紫野市

■危険(きけん)を顧(かえり)みず、命(いのち)を救(すく)おうとした一人(ひとり)の兵士(へいし)
―西鉄筑紫駅列車銃撃事件から

▽失われた当時の記録
西鉄筑紫駅列車銃撃事件。終戦の一週間前、昭和20年8月8日に筑紫野市で起きた痛ましい事件です。
目撃した人からは、多くの方々が犠牲になったという証言がありますが、正式な記録が残っておらず、また名簿が火災や水害により失われたことにより、その全貌がいまだに分かっていません。そのため、戦後70年以上を経過した現在でも、市ではわずかなことでも情報の収集および聞き取りなどを続けています。
そんな中、偶然にも愛知県の東海テレビのインタビューの内容がインターネット上に掲載され、市職員に伝わりました。インタビューに答えた人の父親が仕事で九州を訪れた際、昭和20年8月8日に銃撃を受けて亡くなったというのです。
そのことを知った職員は、東海テレビに連絡を取り、本人を訪問し、直接話を聞くことができました。

▽九州への転属で事件に遭う
調査に応じたのは、愛知県に住む林猛さん。亡くなったのは猛さんのお父さんの旧陸軍兵長の林三夫さんでした。
林三夫さんは、昭和14年12月に20歳で現役召集を受け主に中国戦線で戦闘に参加した後、昭和18年9月に除隊となり愛知県春日井市に帰郷しました。
帰郷後に結婚しましたが、昭和19年9月に再び召集を受け、出産間近の妻を残し出征。直後の10月に長男の猛さんが生まれました。
昭和20年4月に宇都宮師団に転属後、決号作戦(本土決戦)に伴う根こそぎ動員に伴い、同年6月歩兵第330連隊に転属となりました。連隊は、7月に現在の福岡県福津市に移駐し福間海岸の防衛に当たりました。8月には下士官である兵長に進級しましたが、8月8日、公務出張のため乗車した西鉄筑紫駅において、米軍戦闘機による機銃掃射を受け、戦死しました。

▽最期まで命を救うために
所属部隊の隊長である髙橋實三部隊長が事件後すぐに遺族に送った書簡が残っています。それによると、林三夫さんは同僚の大澤軍曹とともに出張で久留米市に向かうため、下り電車に乗車していて11時15分ごろ米軍戦闘機の機銃掃射を受け戦死したと書き記されています。
亡くなる直前の様子についても書かれており、米軍機の波状攻撃のさなか、自身も危険な状況であるにも関わらず混乱している乗客の避難誘導に奔走、車内に残っていた負傷者を救出すべく再度乗車しようとしていたところ、4回目の銃撃を受け負傷しました。その後も冷静に指揮を続けていましたが、体の自由がきかなくなり、大澤軍曹に後のことを託し、亡くなったということです。
遺族の元には妻に向けて「俺は残念 後を頼む」と鉛筆の走り書きで書かれた従軍手帳が残っています。
27歳という若さで妻と幼子を残し、古里から遠く離れた筑紫の地で亡くなった林三夫さん。息子の猛さんはインタビューで次のように答えています。「銃弾でもって撃たれて痛い思いをしながら苦しんで亡くなった。無念さが強くあったと思います」

戦後77年を迎え、当時を知る人が少なくなる中、この筑紫野でもかつて多くの悲惨な出来事が起きたことを知り、平和について今一度考える機会を持ってはいかがでしょうか。

▽「西鉄筑紫駅列車銃撃事件」とは
昭和20年8月8日。終戦の一週間前のその日、証言によるとよく晴れたとても暑い日だったとのことです。朝9時52分に西鉄福岡大牟田線の福岡駅をほぼ満員で出発した下り電車は、筑紫駅に向かって走行していました。運転士や車掌は、学徒動員の旧制中学の生徒でした。
走行中に上り電車を銃撃する戦闘機を発見し、急制動するもホームに入る前に後方から銃撃を受けました。また、上り電車は10時ごろ久留米駅を発車し、津古駅を発車してまもなく銃撃を受け急停車しました。下りと上り電車で64人が即死、負傷者100人以上という記録が西鉄に残っていますが、目撃者によると100人以上が亡くなったという証言があります。

▽当時の駅舎を保存しています
現在も当時の駅舎を筑紫コミュニティセンター隣のふれあい公園内に「筑紫平和祈念館」として保存しています。駅舎には、事件当時に銃撃を受けた弾痕が残っています。
地元の筑紫区では、事件の起きた8月8日に「8・8被災者の追悼と筑紫平和シンボル継承のつどい」を行い、平和への思いを新たにし、次の世代に継承していく取り組みを行っています。また、下見保育所、筑紫小学校では事件についての平和学習を行っています。

▽市YouTubeチャンネルに動画を掲載してます。
筑紫野市公式YouTubeチャンネルに動画「語り継ぐ平和への祈り―西鉄筑紫駅列車銃撃事件の記録」(6分45秒)を掲載しています。当時の動画とインタビューを交え作成しています。ぜひご覧ください。

▽調査協力のお願い
筑紫野市教育委員会では、銃撃事件の犠牲になられた方、事件を目撃された方などの調査を継続しています。皆さんの知り合いにご存じの人がいれば情報をお寄せください。
連絡先:文化財課 保存活用担当(歴史博物館内)
【電話】921-8419【E-mail】k-furusato@city.chikushino.fukuoka.jp

参考:筑紫野市文化財調査報告書第115集「西鉄筑紫駅列車銃撃事件の記録」(筑紫野市教育委員会)

本特集の問合せ:秘書広報課 広報広聴担当

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