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歴史にふれる

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茨城県かすみがうら市

■佐谷氏と歴史遺産
佐谷氏は、常陸平氏(ひたちへいし)の流れをくむ一族で、正元(しょうげん)元年(1259)には佐谷実幹(さやさねもと)が佐谷郷(本郷、永井、大志戸、上佐谷、中佐谷、下佐谷、雪入、大峰、山本、今泉、小山崎、沢辺)の地頭職となり、周辺を治めました。中佐谷の笠松城は、その頃に築城されたものと考えられています。笠松城跡(市指定文化財)は、南東に突き出した丘陵の突端に立地し、南に天の川、北東に雪入川が流れ、城の南東端で合流する、防御に適した場所となっています。本丸跡には、現在でも土塁が一部残されており、当時の状況をうかがい知ることができます。
14世紀頃には小田氏からの侵攻により佐谷郷のうち本郷、永井、大志戸、今泉、小山崎、沢辺を失い、勢力が大幅に減衰したようです。その後の佐谷氏の動向については明らかではありません。
かつて、佐谷氏の菩提寺として笠松城の南西400mの台地上に普門寺という寺院がありました。明治時代初期に廃寺となりましたが、この際にいくつかの五輪塔(ごりんとう)が中佐谷字十王堂に移されました。このうちの1基に「大テン地経院天道立石工☆※」「☆左衛門尉天文九年二月☆☆」という銘文があります。この五輪塔は、佐谷郷に住んだ佐谷氏の一族により、祖先の佐谷左衛門尉(さえもんのじょう)(実幹)の供養のために天文(てんぶん)9年(1540)に建立されたものと考えられています。佐谷氏に関する貴重な歴史遺産として、市指定文化財となっています。
歴史博物館では、佐谷氏の歴史を広く紹介するため、新たに笠松城の御城印を作成しました。市を代表する挿絵画家・伊藤幾久造の歴史画がデザインされたオリジナルの御城印帳も大変好評です。お城へ行くときにぜひ一冊持ち歩き、お城巡りを楽しみましょう。
※「大テン地経院」の「テン」は環境依存文字のため、置き換えています。正式表記は本紙をご覧ください。
※☆は、判読不能な文字を表しています。

問合せ:歴史博物館
【電話】029-896-0017

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