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文化財さんぽ Vol.05

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三重県四日市市

■桑名宿(くわなしゅく)と四日市宿(よっかいちしゅく)の「立場(たてば)」 富田
江戸時代に入って、幕府が東海道を整備すると、四日市は43番目の宿場町として栄え、経済活動が活発になるとともに、交通の要所として発展しました。
富田は、桑名宿と四日市宿の間で旅人たちが休憩する「立場」があり、街道の両側には茶屋が軒を連ね、松ぼっくりを燃料にして焼いた富田の名物焼き蛤(はまぐり)を食べさせてくれるお店がありました。当時の浮世絵を見ると、行き交う人々や休息する人で賑わう様子が数多く描かれています。
また、幕府は、街道の1里(約4km)ごとの両側に目印となる榎えのきなどの樹木を植えた大きな塚を設けました。
下の写真(本紙参照)は三重県指定文化財(史跡)「富田の一里塚跡」です。近鉄名古屋線の高架と東海道が交差する近くにあります。
現在では、当時の面影は姿を消し、道路の片側だけに一里塚があったことを示す石碑が建てられ、そのかたわらにかかる橋に「一里塚橋」の名前が残されるばかりです。

問合せ:文化課
【電話】354-8238【FAX】354-4873

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