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おおたま野の花おりおり

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福島県大玉村

-花たちのおいたち-135
箱﨑美義 著

■134つづき
今なお続いてきているのかどうか分からないが、当時の思い出は、まさに私たちにとっては生涯の宝物の一つでもある。ご存知のように、もも果樹作物は、他の果樹よりも、とても枝葉などの生長が早く盛んであることが一目でわかる。よく聞く話に桃栗三年柿八年がある。ももの花、実は、苗木を植えてから三年たつと早や前年の9月頃につくった紅色の花びら5枚、めしべ1つ、おしべ多数の花々が木々枝々にたくさん咲き開き着く。日本にこのもも果樹作物が初めて渡り入ってきた奈良時代から咲く、その花の容姿のどこかにか、また、ももの異容に垂れ下がった枝葉など樹勢のどこかにか何となく神秘性に加えて幻想的な趣がただよって見えることから「五木の精」と言われ、百鬼をも制すものだという民俗信仰が以前から語り継がれてきている。日本神話いわば日本の国土、神などを初めてつくった伊弉諾尊(いざなぎのみこと)(古事記)が亡き妻、伊弉冉尊(いざなみのみこと)に会いに黄泉国(よみのくに)に行ったが、鬼、雷神に追っかけられたので、ちょうど坂下の木になっていた、ももの実をとってぶっつけて鬼らを追い払った。おとぎ話、昔話、想像上の島だか、桃の中から生まれた桃太郎が鬼が島に行き鬼を征伐し豊かさを呼んだという話。もともと中国からの伝えで、ももの花は、陽で陰を祓うとされてきた。ももの樹は、人知で計り知らぬほどにすぐれた霊木であり、果実は浮世離れした仙果とし陰気な鬼を追い払うという不思議な霊力、神秘性、ミステリーをいまだに物語るめずらしい果樹作物の一種である。また梅花よりおそく桜花より早い時季に咲き開くこのもも花は、以前から私たち生活との係わりはとても奥深い。

■1,300年以前から今なお続く、ももの節句
710年代、奈良時代から宮殿、神社など貴族たちが始めた女の子の成長と幸福を願ってのお祭りごとだが、何故か現代に至ってもなお毎年3月3日には、お雛祭り、ももの節句、雛遊びなどとして祭壇に紅、白、緑の3色、3枚重ねた菱形餅、白酒とももの紅花を飾る。女の子を悪鬼や邪気から守る願いからである。なぜ温室などで手間かけて露地より早く咲かせてまで、ももの花を飾るのか。それは、ももの花が大嫌な鬼を女の子から追い払うためでもあった。

■食べたかった餅草のはいった搗(つ)き立ての草餅
前に書いた3色3枚重ねた菱形餅のうちの緑色は、野草のキク科、蓬(よもぎ)の香の強い鮮やかなる若葉の色である。餅に搗(つ)き込んで草餅とすることから餅草の名で知られている。この「もちぐさ」といえば、幼少年の頃から毎年まだ肌寒い田畑や原っぱの土手などに生え出したばかりの軟かい、よもぎ、もちぐさを、一心不乱に笊(ざる)いっぱい摘みとった。あとで、このもちぐさの沢山入った緑一色に染った搗き立ての軟かい、たまのごちそうとなる草餅が食べられることを望み願い思い込めながらだった。だが、残念ながらなかなか口にすることができなかった。心のこりだったことが、今でも懐かしく思い出される。ももにまつわる歴史・文化などの話題のついでに、ももの果実について以下にかいまみた。
(つづく)

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