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今はむかし-その336-

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東京都狛江市

◆保育園・学童保育所
狛江村が町制を施行(昭和27年)して間もない昭和29年に慶岸寺に町内初めての保育園ができた。その後39年に小足立に狛江保育園が開園した年、慶岸寺保育園は幼稚園になった。
昭和41年に多摩川住宅の入居が始まると多摩川保育園、昭和42年4月には狛江町役場裏門前に和泉保育園(現いずみ保育園)が開園(当初和泉本町一丁目にあったが、近隣に集合住宅が建築され日陰になるので現在地に移転)。しかし、保育士を募集しても集まらない。やむなく役場の事務職員が保育士の資格を取って出向(しゅっこう)したり、時間外保育の制度がなかったので親たちが交代で面倒を見ていた。
昭和43年に都営狛江団地ができた時にも団地内に藤塚保育園が開園したが、多摩川住宅や狛江団地には若い人が多く、また、働く女性が多かったので、両団地では学童保育所を開設してほしいという要求を町役場に出すとともに、昭和43年から両団地とも集会場を利用してお母さん方による自主学童保育所を発足させた。
そこで44年には教育長が意を決し、教育委員会社会教育課の職員4人を交代で派遣するようにした。午後3時30分から5時30分までの間、団地の中にある40平方メートルくらいの狭い集会室で教育委員会の職員が30人くらいの子どもを預かった。天気の良い日は目の前の公園で駆けっこやゲームなどで遊ばせたが雨の日は困ったという。子どもたちが帰った後、職員は再び役場に戻って残りの仕事をした。
翌45年には上和泉学童保育所を二小校庭の西側隅に開設。46年には多摩川学童保育所を根川沿いの空き地に開設した。いずれもプレハブ造りである。47年には猪方学童保育所を三小内に開設している。
47年頃になると、人口増加と働く女性の増加で学童保育所の需要が高まる。二小の学童保育所は52年に上和泉地域センターに移転。52年に定員を大幅に超えたので、多摩川学童保育所は55年に根川を挟んで東側に定員を80人に増やして移転した。そして58年に多摩川学童保育所を廃止して、新たに和泉学童保育所と松原学童保育所を開設した。その後も需要が高く63年には根川学童保育所、平成元年には東野川学童保育所を新設している。
一方、保育園の方も人口増加と働く女性の増加で入園希望者がますます多くなり、47年には駒井保育園、48年には駄倉保育園、49年には宮前保育園、50年には三島保育園が開園した。
平成に入ると、さらに保育需要が高まり私立の保育園等が増加し、令和4年現在市内には保育施設が29カ所になり、園児が手をつなぎ合ったり「お散歩カート」に乗ってお散歩している姿をよく見掛けるようになった。
井上 孝(狛江市文化財専門委員)

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