文化 公民館報いな-ふるさと!発見[西春近公民館]

■権現山(ごんげんやま)
権現山は神の宿る聖なる山として、西春近の特に北部の人々のシンボルであり、大切な生活の場となってきました。
西春近北部の人々は、古来より権現の恩恵(おんけい)にあずかってきました。建築材はもとより、化学肥料が世に出る前は緑肥や堆肥を、あるいは牛馬の飼料や燃料となる薪(まき)もこの山から採りました。戦時下の食糧難では、山菜や食べられる草や木の芽までも代用食として採取しました。
西春近北小学校の権現山全校登山が始まったのは、昭和13年の5月27日です。戦争へと向かう中、児童の心身の鍛練が主な目的であったそうです。中断後、昭和55年に復活し、最高学年である6年生の恒例行事でしたが、現在はPTAや地域の希望者も募りながら一緒に登っています。子どもたちにとっては、自然と向き合いふるさとの山を体感できる貴重な学習の場となっています。
山頂は標高1749メートルで、熊野権現と伊弉冉命(いざなみのみこと)が祀(まつ)られており、平成9年には石の祠(ほこら)が新調、安置されました。伊那市の全容が一望できるのは、この権現山だけかもしれません。昔は辰野駅の停車場で煙を噴き上げる汽車も見えたようです。北に見える荒神山(こうじんやま)の右手には諏訪盆地にそびえる連山、その手前に箕輪の小式部城(こしきぶじょう)、東は高遠城跡から南アルプス連山などが大パノラマとなって見ることができます。
珍しいことに登山道の途中には「競馬場」と「土俵跡」と呼ばれる場所があります。「競馬場」は資材の運び出しなどに馬を連れて山に登った人たちが、競馬をして楽しんだということで、かなり広い場所が整備されていたようです。「土俵跡」とはその名のとおり、山仕事の合間に、若い衆が相撲(すもう)を取って力を競った場所です。
登山道は常輪寺(じょうりんじ)口から登る古道と伊那スキーリゾート口から登る直道があり、西春近財産区や地域協議会のメンバーが整備しています。他の地区からの集団登山も頻繁に行われています。
※参考文献『西春近をふり返る』