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久御山町は今年の10月で70周年 これまでの歴史を振り返る

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京都府久御山町

■町立小学校
久御山町内には、御牧小学校・佐山小学校・東角小学校の3小学校があります。
御牧小学校と佐山小学校の歴史は古く、令和4年に創立150周年を迎えました。東角小学校は昭和50年に誕生し、来年に50周年を迎えます。

▽学校教育の始まり
小学校誕生は明治に遡ります。明治元年9月、京都府は上京と下京の各町に小学校設立の計画について指示を出しました。そして、明治2年に上京二七番組小学校が全国で最初の小学校として開校しました。
明治政府は、明治4年7月に文部省を創設し、翌5年8月に太政官(だじょうかん)布告を公布し、国民皆学を示し、文部省は学制を頒布しました。
しかし、京都では既に小学校を設立し、規則なども定めていたため、すぐには学制を実施せず、明治7年になってから学制に移行しました。
京都府が全国に先がけて小学校制度の確立を図ったのは、教育熱の高まりがあったのも1つの要因で、京都府には、江戸時代から学制の公布される明治5年ごろまでに34の私塾と566の寺子屋が存在しました。これは全国でも上位に位置づけられる数でした。

▽御牧小学校
明治5年8月に北川顔村極楽寺に仮小学校が開かれ、学校教育が開始されました。これが、現在の御牧小学校の始まりです。そして翌年の明治6年に所在地の村名をとって「中島校」とされ、明治14年4月に現在の地に移転し、校名を「御牧校」に改称。昭和16年に「御牧国民学校」に、昭和22年に「御牧小学校」に改称されました。

▽佐山小学校
御牧小学校と同じく、明治5年に佐古村の善林寺本堂を仮校舎として「佐古校」として授業を開始したのが、現在の佐山小学校です。久世郡第4区に開設され、佐山村・佐古村・林村・下津屋村・市田村・田井村・安田村の7村の学校として始まりました。
明治6年に現校舎の裏付近に校舎を新築し、明治20年に「佐古尋常小学校」に、明治34年に「佐古尋常高等小学校」に、昭和16年に「佐山国民学校」に、そして、昭和22年に「佐山小学校」に改称されました。

▽東角小学校
久御山団地の建設や新たな住宅の建設に伴い、昭和50年に児童206人7学級、教員9人で開校した東角小学校。
当時は、近代的な校舎、広い運動場、天井の高いドーム型の体育館、田園風景にマッチした見晴らしの良いプール、独自開発された放送器機、どれを取っても当時の小学校の建物・施設・設備として最高のものでした。

▽久御山学園
3校それぞれ始まりは違いますが、現在久御山町では、平成23年にスタートした久御山学園により、町内のこども園、小・中学校を1つの学園と見立て、園小中一貫教育を推進し、学校運営協議会などの地域の各種団体と協力して、まちぐるみで子どもたちを育てています。
めざす子ども像を「人生を開拓しようとする子」として、地域、保護者、こども園、小・中学校が同じ目標に向かって教育活動を推進し、育成したい基本的な力として「自立」「展望」「挑戦」「共生」を掲げ、久御山町の子どもを育てています。

※内容は久御山町史から引用

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