▽2人だけの野球部
高校に進学した珠一さんは、すぐに野球部に入部しました。
「部員は先輩と2人やけど、顧問の先生が2人いてサポートしてくれるし、練習はそこそこ充実しています。他校との合同チームで試合にも出れたし。」
西脇北高校野球部は、去年の8月に、第64回近畿高等学校定時制野球大会に出場。県内の定時制の高校と合同チームでの練習や試合は、珠一さんにとって大きな経験になりました。
「夏休み中、朝起きれた日は素振りをしたりして、なるべく規則正しい生活を心がけました。」
▽生徒のペースに合わせた活動
西脇北高校野球部顧問 西村健太郎さん
副顧問 石田遼太さん
野球がうまくなってほしいというのはもちろんですけど、それよりも、生徒の体調を第一に考え、学校に来れる、授業を受けられることをまず最優先して、子どもたちのペースにあわせて練習をしています。
德平くんは野球が好きだという気持ちが全面に出ていて、合同チームのときも貪欲に学ぼうとしている姿勢を感じました。
部活は、生徒がやりたいと言ったときにこちらが応える感じで、無理なく楽しく向き合いたいと思っています。
▽あたり前の大切さ
「中学校のときは学校に行けないことでやる気がなくなって、それが行動に全部つながっていました。毎日楽しくなかった。
でも今は、学校に行ける、野球ができる、授業を受けられる。たまに学校帰りに母ちゃんとごはん食べる。ひとつひとつがとても楽しいです。」
冬休みには百人一首を必死で勉強し、休み明けの大会で優勝を勝ち取りました。
「先のことばかり考えて不安になるより、身近な目標を立てて少しずつ乗り越えていこうと思えるようになりました。
当たり前のことが当たり前にできないことがどれだけつらいか経験したから。
今はあたり前のことを当たり前以上にさせてもらえてる。
またしんどくなっても、きっといつか良くなるとポジティブに思えるのは、乗り越え方がなんとなくわかってきたからかな。」
▽母ちゃんの存在
「あとは…。母ちゃんが絶対に否定しなかった。頭ごなしに言いつけるとかなくて、励ましてサポートしてくれた。病院走り回ってくれて、母ちゃんがレールを敷いてくれたから今があると思います。」
珠一さんが起きれる日は一緒に散歩したり卓球したり、学校へ行ける日は何時であろうと送迎をして支えてくれた母の存在は心強い味方でした。
▽ただ、知って欲しい
「友達、家族、先生。ぼくは環境に恵まれていたなと思います。
外に出られない間にどんどん髪が伸びてきて。あーヘアスタイル変えてみようと変えたら、ちょっと外に出てみようかなと思えて。ちょっとした変化がきっかけになるので、できることからやっていくことも大事だと思います。
起立性調節障害は、熱があるわけでもないしなかなか伝わりにくい。でもその人なりの苦しみがあるんだってことを知って欲しいです。ぼくが話すことで、前向きになれる人がいればいいなと思います。」
そこから、この特集は始まった。
■サボっているわけでも、努力が足りないわけでもない
北播磨総合医療センター
小児科医師 山辺ゆかりさん
(德平珠一さんの主治医)
起立性調節障害は、成長とともにほぼ症状が消失する病気なので、見通しは明るいですが、子どもたちの性格形成、心の成長の一番大切な時期と重なります。
学校に行けない、授業に出られない、朝練に出られないなど、負い目や焦りが心の中にうずまいています。
そんな子どもに向かって、「なんで学校に行かれへんの?」「なんで休むの?」となんでなんで?と大人は言いますが、答えが聞きたいんじゃなくて単に責めたいだけ。
それが、子どもたちにとってどれだけ針のむしろなことか。こういった周囲の無理解や心ない言葉から、心身を壊してしまうのです。
今のままの自分でいいと思っている子なんて1人もいません。焦りや劣等感と必死に闘っています。
コロナ禍でオンライン授業がかなり浸透してきましたが、学校に行きたくても行けない子どもたちにもオンライン授業を取り入れていく、出席扱いにするなど、柔軟に対応することが必要です。
ちょうど高校受験の時期に重なるため、体調のせいで成績が落ちる、出席日数が減ることで内申点に影響し、本来の能力どおりの学校に行けない、進路の選択肢が狭くなる。
義務教育は、子どもに勉強する義務があるのではなく、大人が子どもたちに教育を受けさせる義務があるんです。子どもたちには教育を受ける権利があります。そこをはき違えることなく、体制を変えていくことが必要だと感じています。もし、お子さんが朝起きられない、しんどそうという症状があれば、まずは小児科を受診してください。精神科医を紹介されるケースがありますが、うつ病とは全く異なります。
そして、お子さんを「そのままでいいよ」と受け入れてあげてください。
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