文化財に関わる新温泉町民の輪を広げ、また、子どもから大人までの幅広い年代の方に興味・関心を深めてもらうため、町内に数多く分布する文化財を隔月で紹介します。
■第6回相撲板番付
「相撲のまち」である新温泉町には、村の境界に建てることで魔除けの役割とした「相撲取り塚」や、祭りでの奉納相撲など、文化としての相撲の影響が色濃く残されています。そんな新温泉町ならではの文化財が、今回紹介する「相撲板番付」です。
板番付とは、木の板に行司が番付を書き記したもので、屋根の部分が「入」の形に組まれているのが特徴で「招き」とも呼ばれます。番付表からは当時の巡業の顔ぶれを見ることができます。
昭和16年8月に開催された巡業には、東の大関に玉ノ海、西の大関に佐賀ノ花の名前があります。玉ノ海は戦前の大横綱・双葉山と名勝負を繰り広げた人気力士で、佐賀ノ花は戦後親方として横綱の大鵬を育成しました。
昭和22年5月に開催された巡業には、東の大関に佐賀ノ花、西の大関に神風の名前があります。神風はこの2年後の昭和25年に引退し、テレビ中継の名解説者として活躍しました。またこの番付の西の小結には、のちに日本プロレスを旗揚げする力道山の名前もあります。
昭和16年の巡業の4か月後には真珠湾攻撃による太平洋戦争が勃発。昭和22年の巡業は終戦のわずか2年後と、動乱の時代に相撲開催に尽力した当時の町民の苦労と熱意はどれほどのものだったでしょう。文化財となった2枚の板番付は、「相撲のまち」の心意気を伝える地域の宝物と言えるかもしれません。
問合せ:生涯教育課
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