鹿追市街から車で20〜30分で行ける場所に、鹿追町が誇る聖地「然別湖」があります。登山をするときも、温泉に行くときも、湖を見に行くときも、町民は「然別湖に行く」なんて言ったりもします。
然別湖と聞いて、皆さんが思い浮かべるのは、春の木漏れ日溢れる湖畔ですか?それとも星空と虫の声が聞こえる夏の夜?いやいや山々が紅く色づく秋?それとも真っ白で静かな空間に突如現れる冬のコタンでしょうか?
然別湖を訪れた人の数だけ、それぞれに好きな景色があります。今、そんな景色たちに変化が起きていることをご存じでしょうか。少し訪れていない間に、然別湖を取り巻く環境では大きな変化が起きていました。
写真・取材協力:松本宏樹/阿久澤小夜里
とかち鹿追ジオパーク推進協議会
文・編集:企画課広報広聴係
◆訪れた変化 湖と山で起きているコト
◇気になる「然別湖の中」
然別湖に来た人なら1度は思ったことがあるこの疑問。「湖の中はどうなっているんだろう?」。
カヌーや遊覧船から覗く神秘のエメラルドブルーの底には、かつて水草がたくさん生えていて、小魚たちの住処となっていました。カヌーの上から湖を覗くと、透明な水の中をゆらゆらと揺らめく水草たちが見えるほど。今話題の「湖底線路」の周辺にも水草がたくさん生えていました。
そんな景色に変化が現れたのは今から15年くらい前のこと。一体どんな変化が起きていたのでしょうか。
◇山のアイドル「ナッキー」
近年インスタグラムなどのSNSが普及し、一段と人気が上がったのが「ナキウサギ」。その愛くるしい見た目と、日本では北海道でしか見られないことから「ナッキー」の愛称で親しまれ、ファンを増やしています。
「姿を見てみたい」、「写真を撮りたい」と山に訪れる観光客が増加したのはここ数年のこと。然別湖周辺では特に東ヌプカウシヌプリに多く人が集まっています。新型コロナウイルスの感染拡大によるアウトドアブームも相まって、然別湖を囲む山々の登山人口が増加しました。
湖の中の見えない変化とは対照的に、こちらでは目に見える変化が起きていました。
◆ネイチャーガイドから見た変化
然別湖の自然をこよなく愛する人たち
・松本 宏樹(まつもと ひろき)
札幌市出身。然別湖ネイチャーセンター勤務。2002年に鹿追へ移住しネイチャーガイドとして活動。ガイドネームは『マッツ』。とかち鹿追ジオパーク推進協議会幹事長。
自然ガイドとカヌーガイドをしている然別湖ネイチャーセンターの松本さん。今から20年前、然別湖でカヌーガイドを始めた頃はあちこちで見られた水草の群落が、毎年少しずつ減っていることに気づきました。外来種のウチダザリガニが大繁殖し、はさみで水草をどんどん切ってしまっていたのです。手当たり次第になんでも切って食べてしまうウチダザリガニの習性により、それまで然別湖の中に茂っていた水草の森が急激に失われてしまいました。
松本さんは、水草がなくなったことにより隠れ場を失ったまだ小さなミヤベイワナ(※1)(オショロコマ)たちも数を減らしたように感じました。
事態を重く見た松本さんは、寒冷地における潜水技術の向上や水中環境保全を行っている日本水中科学協会JAUS亜寒帯研究室に参加。関係機関と連携して然別湖に潜り、水草保護のための実験を始めました。実験内容は、ウチダザリガニが進入できないように網の柵を作り、その中で水草の経過観察を行うものです。
実験区のうち一つは、カヌーツアーの際に湖の現状が伝えられるように、ツアールート上に設定。現在、湖を訪れたお客様に自然環境の大切さと脆さを伝えられる準備をしています。
(※1)然別湖にしかいないオショロコマの亜種。他のオショロコマと異なる特徴を持つ。
・阿久澤 小夜里(あくざわ さより)
栃木県出身。ボレアルフォレスト勤務。1994年から然別湖ネイチャーセンターに勤務ののち、2007年に夫と2人でボレアルフォレストを立ち上げ、然別湖を中心にガイドを行なっている。
ボレアルフォレストの阿久澤さんは山と森の案内人。阿久澤さんにガイドをしてもらうと、ゆったりと森や山の呼吸を感じることができます。
ガイドを行っている中で、ナキウサギの住処に変化が起きたのは新型コロナウイルスが猛威を振るう前の、平成30年頃のことでした。ナキウサギを目当てに、東ヌプカウシヌプリにたくさんの登山客が訪れるようになったのです。ナキウサギの住処である場所の植物たちが人間によって踏まれてしまい、枯れ、土がむき出しとなってしまいました。
ナキウサギは草食動物。住処の周りに育つ花や葉っぱ、低木、コケやシダなどを食べて暮らしています。冬眠はしないため、夏の終わり頃から冬に向けて食料を集める「貯食」を行います。ガレ場と言われる岩がゴロゴロ積み重なった場所の隙間に、冬を過ごすための食料を溜め込むのです。そんな彼らの食料にもなっている植物が減ってしまったり、人がいることで貯食の行動の邪魔をしてしまったり、さまざまな影響が心配されています。
こうした問題を踏まえ、関係団体では令和3年秋にロープを張って、ナキウサギの見られる場所を制限しました。阿久澤さんは、とかち鹿追ジオパークの仲間と一緒に「ナキウサギってこんな野生動物なんです」というテーマで展示物を制作し、ビジターセンターで展示をしたり、登山者やナキウサギの観察に訪れる人へのお願いをまとめたチラシを配布しています。
<この記事についてアンケートにご協力ください。>