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先人たちの足跡 No.291

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千葉県栄町

■浅間山古墳と岩屋古墳(三)
浅間山古墳は、龍角寺古墳群において最大規模であり、最後に造られた前方後円墳です。
千葉県史の編さんの一環で、1997年度に行われた調査では、墳丘の周りにトレンチと呼ばれる四角い調査区を設けて、発掘調査を行ったところ、墳丘の長さが78mもあることが判明したほか、石室の規模や、副葬品の一部についても明らかにすることができました。
石室は、筑波変成岩という重量のある大きな板石によって、長さが6m60cm、横幅および高さが約2mの箱型に組み立てられています。この種の石材を使用した石室では、原産地である茨城県の古墳も含め第2位の規模になり、千葉県下では一番大きいものになります。
石室の中は土砂で半分ほど埋まっており、真っ暗な石室内を照らすために用いた燈明皿と考えられる土師器(はじき)が出土したことから、9世紀の中頃に、盗賊が侵入していたと推測されます。
石室の奥(後室)には、筑波石の石棺が、部屋と一緒に作り付けてありました。石棺は蓋で閉じられていて、中から何が出てくるのか、多くの研究者の期待を集めたのですが、開けてみると、もぬけの殻でした。ところが、床石の隙間から、重要なものが挟まって出てきました。それが、銀製と金銅製の冠飾(かんしょく)の破片です。
冠飾の他にも、浅間山古墳からは、金銀に輝くものが沢山出土しました。杏葉(ぎょうよう)という馬の体に下げる飾りなどの毛彫文様をもつ馬具は、銅板に金メッキを施した金銅製で、本古墳の代表的な副葬品です。さらに、金で飾った弓や胡簶(ころく)という矢を入れる道具の金具、甲(よろい)の小札などが出土しています。

問合せ:生涯学習課文化財班
【電話】95-1112

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