◆日本仏教の聖地「金剛峯寺」のお坊さんのおはなし
~仏教行事・密教行法に関わりのある植物~
▽榧(かや)(イチイ科) 花ことば「努力」
前回の記事で榧について簡単な説明をいたしましたが、今回はその榧にまつわる仏教や密教に関すること、道具などについてお話ししたいと思います。
榧は材として将棋・囲碁盤、建材や浴室用具などに使用されるほか、仏像や密教法具、荘厳具などにも使用されることがあります。高野山に限らず、僧侶になるための出家の儀式である「得度式(とくどしき)」の際には袈裟(けさ)と共に念珠も授かります。梅や榧で作られた念珠は軽く扱いやすいことと手に入りやすいこともあるためか、新発意(しんぽっち)(得度して間もない)の僧侶の念珠として用いられます。榧製の念珠は素挽き(コーティングしていないもの)ですと使い込むほどにだんだんとアメ色になっていくので変化を楽しめます。
念珠は、一般的な真言宗の形態の両達磨(りょうたらま)のもの(親玉が2つ)、また一般にはあまり知られていませんが一万遍や二万遍などたくさんの真言を唱える修行に適した片達磨(かたたらま)のもの(親玉が1つ)など用途により形状が異なる念珠が存在しています。弘法大師が入唐以前の若かりし頃、ご修行なされたと伝わっている虚空蔵菩薩を本尊とした求聞持法(ぐもんじほう)という難行があります。その修行で用いる法具や供物などに、この榧の木も葉も実も使うという言い伝えがあり、先述の念珠も該当します。(諸説あり)
またこの求聞持法という修行は、約50~100日ほどかけて本尊のご真言を百萬遍お唱えする修行法で、その目的は一切の教法(きょうぼう)(仏さまの教え)を暗記することができると求聞持法の説かれた儀軌(ぎき)(テキスト)に示されており、弘法大師の著作である『三教指帰(さんごうしいき)』に阿波と室戸でこの法をご修行された事が短く記されています。
全国各地に、この修行をする為の道場があり、高野山では真別処(円通律寺)で修行することができます。この真別処の門前向かって右側に大きな榧の木が生えており、先徳の方々の求聞持法に対する関心があったことを思わせます。昔、真別処でお勤めになられた方のお話では、奥之院の御廟前向かって左側に大きな榧の木があったというのです。現在では切り倒されてかなり年数が経っているのでわかりませんが、もうひとつ求聞持法に関わりのある樹木と共に左右に分かれて聳(そび)えていたそうです。奥之院にかつては求聞持堂があったようで、求聞持法に用いるために植えられたものであろうと教えてくださいました。
そしてカヤの実はこの求聞持法の供物だけでなく、食べると長寿を得る縁起物として正月飾りに搗栗(かちぐり)と共にお供えしたり、土俵の中央に鎮め物として現在でも埋められています。
六種供養(仏教の供物)の一つ「灯明(とうみょう)」にカヤの油を使うこともありますが、現在では高級品のためカヤの油を灯明に使っている寺院は少ないと思われます。大正時代の文献では最高級の植物油と称賛されていたようです。筆者は未確認ですが、カヤの油で点けた灯明の火の色は菜種油などとは違った色合いになるようで、暗い道場を照らす明かりとしては雰囲気が異なるのかもしれません。そしてカヤの油は凍りにくい特性があるようで、寒冷地の灯明油として適しているのも理由のひとつのようです。
このように榧について仏教・密教との関わりについてお話いたしましたが、みなさんの生活の中にも意外と近くに榧が潜んでいるかもしれません。ぜひ探してみてはいかがでしょうか。
次回は高野山の年末の行事に関わりのある植物についてお話させていただく予定です。
問合せ:高野山真言宗 総本山 金剛峯寺
【電話】0736-56-2012
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