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歴史さんぽ 百二十七

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埼玉県ふじみ野市

『現在も残る川越街道のおもかげ』

東京と川越を結ぶ国道254号線、通称「川越街道」は交通量が多く、人と物を運ぶ重要な道路になっています。この道路は約400年前の江戸時代前期に整備されました。
江戸幕府は、公用の旅行者や荷物などを素早く宿場から次の宿場へと順番に送り届けるために街道を整備し、伝馬制度を設けました。江戸を中心に東海道、中山道などの「五街道」が整備され、街道の各宿場には公用荷物を扱う問屋場(といやば)、公用宿泊施設の本陣や一般旅行者宿泊の旅籠(はたご)が置かれました。
川越街道は、中山道の脇道として寛永年間に川越藩主松平信綱により整備されました。この街道は、江戸日本橋から出発して板橋宿で中山道と分かれ、上板橋、下練馬、白子(和光市)、膝折(朝霞市)、大和田(新座市)、大井(ふじみ野市)の6宿を経て、川越に至る約11里(約45キロメートル)の道のりでした。大井宿の本陣は、戦国時代から続く有力農民「大井四人衆」の子孫にあたる新井家が宿場を管理しました。大井宿は明治時代の3回の大火事により、現在は、かつて宿場町の面影は残されていません。
大井小学校の北からふたまたに分かれて北に向かう道は川越街道の旧道であり、街道の両側に屋敷が立ち並び、途中には西に向けて神奈川県伊勢原市の大山に向かう大山街道、三芳町上富の木の宮地蔵に向かう地蔵街道への道しるべである角の常夜灯(市指定文化財)があるなど、亀久保神明神社前までの道には今でも古い街道のおもかげが残されています。

角の常夜燈
≪ACCESS≫
亀久保4・4・2亀久保ポケットパーク3号隣

問合せ:社会教育課
(【電話】049・220・2088)

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