■れきしとくらし 第三十一回 新開遺跡その(2)
前号では、新開(しんかい)遺跡で発見された旧石器時代の遺構や遺物についてご紹介しました。今号では、同じ新開遺跡で発見された平安時代の遺構・遺物について紹介します。
新開遺跡からは、隣接する新開第二遺跡の調査成果とあわせて、平安時代の須恵器(すえき)を焼いた登窯(のぼりがま)3基、円形の須恵器焼成土坑(すえきしょうせいどこう)7基、工房跡3軒が点在して確認されています。このうち登窯は、傾斜面に3~4mほどのトンネル状の穴を掘って、その中で須恵器を焼いていました。発掘調査時には、登窯の天井は崩れていましたが、埋まった土から様々な形の須恵器や、登窯を築くときに壁や天井の補強などに使われたとされる瓦(かわら)などが発見されています。また工房跡からは、須恵器の材料となる粘土や須恵器を成形するためにロクロあるいは回転台の軸を据(す)えたと思われる穴も発見されました。
○新開遺跡の須恵器について
須恵器とは、古墳時代から平安時代にかけて見られる土器のひとつです。前時代の縄文土器(じょうもんどき)や弥生土器は、野焼きによる約800度の焼成により赤茶色である対し、須恵器は登窯などの密閉された場所で約1300度の焼成により、青灰色となります。焼成温度が高いため、縄文土器や弥生土器に比べて、硬く焼きあがります。
新開遺跡で発見された坏(つき)や甕(かめ)といった須恵器類と瓦などを含む遺物は、約2万点近く発見されています。そのなかには、ヘラ状の工具で「福」・「麿」と書かれた須恵器甕の破片があります。書かれた文字は人物名を表していると考えられますが、詳細は明らかになっていません。この須恵器甕の破片は、三芳町で数少ない平安時代の文字資料として、歴史民俗資料館に展示しています。
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