―広田さんが桶川で映画を撮影した経緯を教えてください。
広田:大学で映画を学び、卒業後、広告の仕事などもしましたが、とにかく、自分の撮りたい映画を世にひとつ残そう、と動き出しました。頭に浮かんだのが、自分が見てきた地元・桶川の風景。桶川市フィルムコミッションに相談したら、親身になって、下見や撮影にもついてきてくださって。ありがたかったです。
―撮ったのが2019年で、ことし公開。
広田:作品を撮ることが自分のバランスを整える方法でもあったのですが、撮り終わってすぐコロナ禍になってしまい、公開は今じゃないなと。そうこうしている内に結婚や、就職、子どもが生まれ、気が付いたら映画のロケ地でもある桶川に帰ってきていたんです。そうした過程を経て、ようやく公開したいと思えるようになりました。
向坂:私も映画を拝見しました。小説なら視点を線で動かせばいいけど、映画はスクリーンのどこに目をやればいいのか分からない。音もあるし、意識の行く先がたくさんあって、難しいという印象を持っているんです。詩も難しいと言われがちで、目線の動きが簡単でも、内容がわからない、と。でも、それも含めて見るしかなかろう、と思っています。
広田:主演俳優は、僕の親友にお願いしました。
向坂:主演の方の演技、すごくいいと思います。私はどうしても言葉に引き付けて考えてしまうのですが、「何か言おうとしているけど今じゃない顔」というか、体の中に何かある状態の無言と、ない状態の無言って違う。今ここで発されない言葉があって、ついにそのまま終わる、みたいな印象を受けました。
広田:撮影技師は、ふだん詩人でもあるんです。気づくとなぜか、僕の周りには詩人が多い。なので、詩人の向坂さんとの対談も、不思議な縁だなと思います。
向坂:詩人に会うのは初めてと言われることはあっても、その逆は初めて(笑)。
―広田さんは桶川出身ですが、一時期、桶川の外で暮らしていたんですよね?
広田:大学が遠くて、実家を出ましたね。1年前に桶川へ戻りましたが、10年たつと変わっていて。特に駅東口は、こんなに自転車置き場があったのかと…。
向坂:めっちゃありますよね。
―他にも、この10年で大きく変わったと感じるところはありますか?
広田:子どもが生まれ、見えるものが変わったのもあると思いますが、高齢の方が増えましたね。昔、マインにはおもちゃ屋さんやゲームセンター、映画館があって、子どもで埋め尽くされていました。自転車置き場が増えて、子どもたちは減った…(笑)。でも、子どもと散歩しているときに、話しかけてくれる人が多いのも感じています。子どもと都内に出かけても、話しかけてくる人はほとんどいませんが、桶川はとても多い。広島出身の妻がよく言うのは、人が近い。それが桶川のいいところだと。
向坂:私も引っ越してみて、人がやさしいなと思いますね。なんでしょう、閉鎖的なわけでもなく、ちょうどいい。積極的に共同体みたいなものに入らなくちゃいけないわけじゃないけど、顔を合わせていると親切にしてくれる人がたくさんいる。近所の方もそうだし、お店の方もそう。カフェとか、タコス屋さんとか、お気に入りのお店がいろいろあります。一言二言話す関係の方がいっぱいできたのが、すごくうれしいことだなと思います。道を歩いていると、立ち話している人が多くないですか?桶川って。
広田:多いですね(笑)
向坂:ばったり会って井戸端会議とか。犬を散歩したり、ベビーカー押したりしながら。
―おふたりは、どんな子どもでしたか?
向坂:私は名古屋で育って、本と動物が好きな子どもでした。その頃から将来は作家になりたいと思っていて、高校まで小説を書いていたんですけど、受験勉強があるから短歌にして、自由詩に移って。エッセイも書くようになって、今回、再び小説を書きました。
広田:子どもの頃、本は漫画雑誌1冊しか持っていなくて、それを3年間くらい読んでましたね(笑)。とにかくずっと外を走り回っているような子どもでした。
―シティプロモーションについてお聞きします。おふたりくらいの世代を対象に、魅力発信に取り組む自治体が増えていますが、どんな印象を受けますか。
向坂:プロモーションされていることを、そのまま信じることができない感覚が自然にあります。これは同世代で共有されている感覚ですね、のせられたくないというか。桶川のことはとても好きですけど、大きなものに自分を同一視する感覚があまりない。共同体への帰属意識が薄い世代かもしれません。
広田:僕は子どもができて桶川に戻り、まさに子育て世代そのものですが、プロモーションに感じるものは向坂さんと重なります。ただ、地域のために行動すること、マルシェとかで地元のお店を知ったりするのはいいことだと思います。
向坂:ご縁があって桶川に住み始めたら、結果的に良かった、ということですね。
―これからの桶川のイメージってありますか?もっとこうなったらいいな、など。
広田:マルシェなどのイベントは子どもと一緒に楽しめるのでたくさんやってほしいなと思います。あまり中に入るタイプではないけど、にぎわいを遠くから眺めているだけでも好きなんです。
向坂:今年初めて桶川祇園祭に行けて、楽しかったです。お神輿とか、すごく良かった。あと、さいたま文学館がもっと広く知られてほしいです。地元の方にも案外知られていない。詩の世界では、前橋には萩原朔太郎が、山口には中原中也がいて、賞やイベントを主催したりして、記念館が盛り上がっているんですよ。こんど講座をやるので楽しみです。
広田:あと、小さな映画館。いつも何か映画がかかっていて、みんなで観られる場所があったら、とても素敵ですね。
■〔さいたま文学館〕向坂くじら先生の子ども向け創作講座開催予定!
日時:令和7年1月25日(土)ほか
問合せ:さいたま文学館
【電話】789-1515
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