■大切な人とたくさん話をして思い(考え)を共有する
熊谷市医師会 担当理事 医師 大塚 貴博(おおつか たかひろ)氏
◇ACPの背景と効果
人生会議(ACP)は、元々は欧米で提案された概念です。「個(人)」の意思決定を重んじる文化背景の欧米において、重篤な病気で終末期を迎えたときに、本人の望まない形で治療方針が進められること(いわゆる「延命治療」)への懸念が1980年代頃から急速に高まる中、本人が意思決定能力を失ったときに備えて意思を事前に文書で示しておく取組が制度化されましたが、大きな成果が得られませんでした。そこで、意思を文書に示すことを主眼に置くのではなく、これからの治療・ケアについての話し合いの過程自体が大切であるという認識が広まり、ACPが促進されるようになりました。
ACPにより、様々な効果が得られることが研究で明らかになっています。例えば、家族と医師のコミュニケーションの改善効果や患者さんの意向が尊重されたケアが実践されることで患者さんとご家族の満足度が向上し、患者さんが亡くなった後もご遺族の不安や抑うつが減少するという効果が示されています。
◇3つのポイント
3つのポイントがあります。(1)話をする準備が整った状態で、(2)信頼できる人(家族など)と共に、(3)本人をよく知る医療・介護支援者と共有することです。
(1)の「話をする準備が整った状態」とは、生死を争う差し迫った状況ではなく、状況が比較的安定していることを指します。自身の病気体験や身近な人の看取りなどを基にすると話しやすいかもしれません。また、話をしたくない人には無理に勧めないなど、本人や家族の心情に十分配慮することが大切です。
(2)は、話をする相手が家族であれば、遠く離れた家族とも話ができるよう、お盆や正月など親族が集まりやすい時期に行います。もしも話をする相手が見つからない・分からない場合は、かかりつけの医療機関や介護事業所などに相談してみてください。話をする際は、延命処置をする・しないといった医療処置の内容ばかりではなく、「将来の心づもり」を話題にしてみましょう。「将来の心づもり」とは、自分の健康状態をどのように理解し、生きがいや大切にしたいことなど今後どのように過ごしていきたいか、人生の最終段階に至るまでの過ごし方や希望する医療・ケアについて考えることです。これらは一度で決めなくても構いません。本人の意思は変化しうるものであり、折に触れて継続的に話し合うと良いでしょう。
(3)では、話し合いで確認した内容は本人をよく知る医療・介護支援者と共有しておきます。また、将来自分で判断できなくなった場合に備えて、話し合いを行った家族などの中から、本人に代わって判断してくれる方を選んでおくと良いでしょう。身近に本人をよく分かってくれている人がいることで安心して日々の生活が送れるはずです。
◇普段の診療から
私の場合、普段の診療の中での何気ない会話(雑談)から本人が大切にしていること、価値観を探るようにしています。例えば、外来通院している90代の方は、母親を早く亡くしたので、母親の分まで長生きしようと脳トレや読書をして頑張っていること、体力は落ちてきているが、支えてくれる家族に感謝しながら過ごしたいということを伺いました。また、在宅医療を受けていた80代の方は人生の最終段階の過ごし方で悩んでいました。本人や家族の病気や症状に対する不安・心配事を聞き、少し先の小さな希望(孫と会って食事するなど)を持って過ごすことをアドバイスしました。
訪問看護師が本人や家族と丁寧に何度も話し合いを重ねた結果、体調が変化する中で本人や家族の気持ちが少しずつ定まってきて、最終的には自宅で看取りをするという決断に至ったことがありました。
■市民へのメッセージ
「今」の積み重ねの先に人生の最終段階がある
これまで述べたように、人生会議は「話し合い」がポイントです。高齢者の方だけでなく、若い世代の方も含めて話し合えると良いですね。
人生会議には消極的なイメージを持たれる方もいるかもしれません。しかし、「今」の積み重ねの先に人生の最終段階があり、だからこそ、日々の生活を大切にしていきたいものです。人生会議はより良く生きるためのものです。先々のことをちゃんと考えられる環境はとても大切なことであり、家族など信頼できる方とともにまずは「話す」ことから始めてみませんか?
■熊谷市医師会の取組
医師会による「ACP」の普及啓発活動の一環として、市協力のもと、団体向けに「ACP普及啓発出前講座」を実施しています。講座実施を希望される団体は、熊谷市長寿いきがい課へご連絡ください。今回は講座の参加者の方にお話をお伺いしました。
◇講座参加者の声
Aさん70代
人生会議をしておくとこれからの人生を安心して過ごせそうです。
Bさん80代
ACPのことは初めて知りました。これから家族と話し合いたいと思います。
Cさん70代
話し合いの時間を作りたいと思いました。
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