文字サイズ
自治体の皆さまへ

人権コラム「しあわせ」

7/31

大阪府河南町

◆大魔法使いの証明
去年の3月に、22年と7ヶ月も一緒に暮らした愛猫(おはぎという名前です)が亡くなりました。2017年に姉妹猫のきなこが亡くなってから5年半、おはぎはゆっくりと老いていき、最後の1年は認知症のようでした。ゆったりとした物腰で、おだやかな目つきをした高齢の猫というのは、格別にかわいい存在でした。

おはぎがいなくなって、眠れなくなってしまいました。なんとか眠るために、布団の中で児童書を読むことにしました。山のように買い揃えた岩波少年文庫の中には、昔読んだ『ゲド戦記』シリーズ6冊もありました。『ゲド戦記』の1冊目は、魔法使いになる素質のある少年が、魔法を学ぶ学校に入学する物語です。ゲドの世界では、魔法は軽々しく使ってはならないものです。高名な魔法使いは、世界が危機に陥ったときに、被害を最小限に止めるために力を使うのです。普段はその力を見せびらかすことはありません。むしろ、実力のない若い魔法使いや見習いたちに限って、魔法を派手に使って羨望を集めたがるものなのです。若者同士はライバル意識もあります。自分のほうが魔法に詳しいとか、魔法の力が強いとか、師匠である長たちからの信頼があついとか、そういったプライドがあります。でも魔法は軽々しく使えませんから、自分がすごい魔法使いであることを証明できないのです。ところが心も魔法も未熟なゲドは、ライバルの挑発に乗ってしまい、自分のすごさを証明しようとして、非常に高度な魔法を使ってしまいます。そのせいで、取り返しのつかないことになります。

私たちの日常の中でも「まるでゲドみたい」と思うことがあります。NHKのweb特集で、陰謀論を信じている親や配偶者に困っている家族を取材した記事がありました(「家族が陰謀論に『どう接したら…』集まった声」)。記事では、人が陰謀論に引き寄せられるのは、それが閉塞感や苦しみに寄り添ってくれることや、自己肯定感や自尊心を満たしてくれること、社会的な認知や肯定感が与えられたように感じることを理由として挙げていました。誰も知らないことを自分だけが知っているとか、自分はすごいと認めさせたいという願望によって、陰謀論に引き寄せられるのです。しかし、それと引き換えに、家族関係が危機的な状況に陥ってしまいます。

新しい発見やそれに伴う尊敬や賞賛は、地道な努力によって何かを成し遂げた結果ついてくるものです。スマホを眺めていて、手に入るものではありません。修行が足りないにもかかわらず、自分はすごい人間であることを証明しようとしたゲドと、どこか似ているように感じます。自己肯定感は「自分も大切、他人も大切」という人権感覚を持つため礎なのですが、陰謀論の蔓延という社会現象は、大人でさえも自己肯定感が持ちにくい社会に生きているのだということを突きつけてくるのです。

齋藤 直子(大阪教育大学)

<この記事についてアンケートにご協力ください。>

〒107-0052 東京都港区赤坂2丁目9番11号 オリックス赤坂2丁目ビル

市区町村の広報紙をネットやスマホで マイ広報紙

MENU