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【特集 花淵灯台60周年】船乗りたちの心の温もり (1)

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宮城県七ヶ浜町

七ヶ浜町にある花淵灯台と代ヶ崎浜の地蔵島灯台。この二つの灯台は、船舶の道しるべとなって毎夜暗い海に一筋の光を投げかけてきました。この光は、あるときは人の命を救い、また、あるときは貴重な財産を救い今日に至ります。
今年10月に花淵灯台が建設されて60周年を迎えます。これまでなかなか灯台に登る機会はありませんでしたが、2022年から七ヶ浜町観光協会が花淵灯台から初日の出を見るイベントや見学会を企画するなど、花淵灯台がより身近になってきました。
灯台下暗し。町民が知っているようで意外と知らない七ヶ浜町の灯台を紹介します。

◆灯台のはじまり
さかのぼること縄文時代。人々が魚を取ったり、ものを運んだりするために丸太をくり抜き丸木舟に乗って海に出ました。大木(だいぎ)の人々も海に乗り出していったことでしょう。
その頃は海から戻るために、山の頂や特徴のある大きな木、岬の突端などの自然にあるものを目印にして帰ってきていました。
しかし、舟が大きくなり、航海術が発達してだんだん遠くへ出かけるようになると、遠いところからもよくわかるように、自然の物以外の確実な目印を作ることが必要になってきました。
そのため、岬や島の上に石などで塔を建てて、たき火をしたり、煙をあげたりして、舟の目標とすることを考え出したのです。これが灯台のそもそものはじまりです。灯台ができたことにより、沿岸を航行する船舶に自船の位置を知らせることができるようになり、夜間にも安全な航海ができるようになりました。全国にある灯台と港の先端にある防波堤灯台の数は、2022年(令和4年)3月末現在で3118基。現存する最古の灯台は、静岡県の神子元島(みこもとじま)灯台で今から155年前の1870年(明治3年)に建てられました。町内で最も古い灯台が地蔵島灯台です。この灯台が建てられたのが今から104年前の1920年(大正9年)でした。

◆馬放水道と地蔵島灯台
地蔵島灯台がある代ヶ崎浜と馬放島の間の「馬放水道」は、古くから太平洋と塩釜港を往来する重要な航路でした。
明治以降、往来する船も増え、この航路には岩礁があって時々遭難する船もあったため、かつては多聞山に水難救済所があり、監視と救済にあたっていました。
後に航路を広げる際に岩礁を取り除き、救済所も撤去され、それに代わって地蔵島に灯台、馬放島に信号所が建設されました。
この信号所には1960年(昭和35年)から海上保安部の管制官が常駐し、往来する船の航行管制業務を行っていました。
2008年(平成20年)からは塩釜の海上保安部から遠隔操作で信号灯を操作し、航行管制を行うようになりました。
地蔵島灯台は建設当時、地元塩釜の石を使って建てられましたが、東日本大震災で被災し、倒壊するおそれがあったことから2013年(平成25年)に強化プラスチックのFRP造りに建て替えられました。初代の灯台に使用していた石は、現在、町の歴史資料館に展示されています。

◆最新式だった花淵灯台
花淵灯台は、60年前の1964年10月27日に太平洋沿岸と塩釜港付近を通る船舶の道しるべとして建設されました。2年がかりの灯台建設では、資材の運搬など地元花渕浜でもかかわった方が多かったと聞きます。その頃はまだ全国の灯台に灯台守がいた時代でしたが、花淵灯台は東北初の最新式の無人灯台でした。自動で点灯・消灯し、点灯中に電源が故障した場合は自動的に予備電源に切り替わり、電球が切れても予備灯がつく自動制御装置と直径90cm回転灯器を備えていました。

◆全国でも珍しい赤と緑の光
灯台の光は、光の色と光の出し方の組み合わせでできています。なぜなら、隣同士の灯台が同じような光り方をしていると、船はまちがえて浅瀬や海岸に乗りあげる心配があるからです。
建設された当時の花淵灯台の光は白色でしたが、隣接の東松島市の波島(はしま)灯台の白い光と区別できるよう、1971年(昭和46年)に、赤と緑の光に変更して現在に至っています。
花淵灯台の光は、20秒毎に赤が1回、緑が1回互い違いに光ります。赤い光は31km、緑の光は34km先まで届きます。この距離は陸地でいうと、おおよそ七ヶ浜町から牡鹿半島、大崎市、川崎町までの距離になります。
灯台の主な光の色は白、赤、緑の3種類ありますが、赤と緑の2色が点灯する灯台は、花淵灯台を含め全国で4基のみです。

◆灯台守の歴史に幕
灯台のあるところには、職員とその家族の生活があり、人里離れたへき地や離島に建てられた場所で灯台を守った人々の苦労は並大抵のものではありませんでした。その様子を映画にしたのが1957年に公開された「喜びも悲しみも幾歳月」でした。職員が常駐する最後の灯台だった長崎県男女群島の女島灯台は、2006年(平成18年)に無人での運用に切り替えられました。これにより1953年(昭和28年)には、約1,100人いた灯台守の歴史に幕が下ろされました。

◆花淵灯台と地蔵島灯台の概要
※1cd(カンデラ)は、一般的にロウソク1本の光。自動車のヘッドライトは15,000cd以上

《町内の防波堤灯台の灯質》
▽塩釜花淵浜防波堤灯台(吉田花渕港)
等明暗緑光:明3秒暗3秒
▽塩釜小浜B防波堤灯台(花渕小浜港)
単閃緑光:明3秒に1閃光

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