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自治体の皆さまへ

知っておきたい上関 ~残したい大切なひと・まち・こころ~

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山口県上関町

「こんなに立派なお屋敷が上関町に残っているなんて…」
エントランスの門をくぐりながら、ワクワク。玄関に入ってからもその期待は裏切られませんでした。
上関町在住のシニアの方々にお話を聞き、後世に伝えていきたい事や守りたい技術、ふるさとへの想いなどをお伝えするコーナー。
読んでくださる皆さまの、心の栄養となりますように。

■江戸時代の武家の屋敷をリモデル
迎えてくださったのは安村家8代当主の安村弘さんと葉子さん。広い玄関には靴箱として再活用された和箪笥、屋敷に溶け込んだ写真やアートが目をひきます。
「武家の玄関は本来ここではなくて、隣の空間にある式台だったんだよ」と弘さん。昔は式台(本玄関)で、家主や来客が駕籠の乗り降りをしていたのだそう。
幕末期に上関番所と御茶屋の役人であった4代目の安村治太郎さんが建造した、この武家屋敷。明治13年(1880年)に建てられた屋敷は代々引き継がれ、昭和時代には弘さんの父、長(たけし)さんが部分的に2度改修。その後2009年、弘さんがリモデルして今に至ります。
「私の生まれは秋穂。幼少期から高校までは長門仙崎で育ち、会社勤務時代は全国を転勤してきました。退職後に住む場所を迷っていた時に、上関の武家屋敷を守りたいという思いが強くなり、移り住むことに決めました」と弘さん。リモデルが完成し引っ越したのは2010年のことでした。

■伝統構法×現代=温故知新
屋敷のリモデルをしたのは、葉子さんのご実家の大工さん。昔ながらの子弟制度が残る工務店の棟梁の娘である葉子さん。結婚して初めて上関を訪れた際、日本古来の木造構法が残るこの屋敷を見て胸が高鳴ったそう。「職人さんに1年間住み込んでもらい、大切な柱や梁を残しつつ、かつ住みやすくリモデルしてもらったの」と、当時を思い出しながら嬉しそうに説明してくださいました。
築144年の住まいを古民家ではなく「武家屋敷古民家」と呼ぶのは、安村さんご夫妻が武家の格式を重んじた祖父母、両親の想いを大切にしているから。「古きを大切に、新しき設備も取り入れて心地よく暮らす。これぞまさに温故知新」
そして驚くことにこの屋敷は、教員が間借りしていた時代もあったようで、川口健治先生の画家としての出発点となった場所でもあるのだとか。川口先生が多く描いたザクロの絵、絵を差し上げた先で子宝に恵まれたという有名なストーリーは、この屋敷で描いた絵からうまれたのでした。

■県内唯一の貴重な記録「古文書」
安村家の温故知新は、建物だけにとどまりません。座敷の床の間に置かれた大きな箱、その中には安村家に代々伝わる「古文書」が大切に保管されています。
安村家古文書とは:萩藩の管轄下で重要な港町であった上関に置かれた「御番所」(海陸の要所に設けられた見張り所)や、「御茶屋」(藩主や幕府役人、朝鮮通信使などが宿泊する公館)の役人を務めた安村家が遺した役所の記録文章。

安村家初代のご先祖様は毛利家に仕える家臣であり、2代目が初めて上関番所に勤務。その後、幕末に毛利敬親公に仕えた4代目治太郎さんも、番所の役人として上関に定住。そこから安村家の上関での歴史がスタートしたのでした。
弘さん曰く、毛利博物館の顧問小山良昌さんに見て頂いた結果、藩が設けた御番所や御茶屋に関わる記録は県内で唯一、この記録は江戸時代や上関村の当時の様子を知る貴重な資料だと高く評価を頂いているものなのだそう。200年以上経過しているにも関わらず、虫食いや破損が殆どなく保存状態が素晴らしいのは、先祖代々大切に守り保管されてきた証です。
戦前まで多く存在した古文書ですが、戦後の紙不足の時代に厠の用足しに使わざるを得ず、現存するのは18冊。
「それでも父はこれらを大切に保管し、町の歴史を紐解くために活用してほしいと願っていました」と弘さん。
父の想いを引き継いだ弘さんは、東京在住時の平成17年に町教育委員会に貸与。その結果、平成28年に上関町指定文化財に登録され、平成30年には番所に文化財紹介の看板が建てられました。

■人が繋がる民具ギャラリー
屋敷の中二階、家の構造が分かるよう梁や土壁を敢えてむきだしに残した空間には、古い民具、北前船で運ばれてきた食器類、昭和のミシンやアイロンなどの家電品などが並べられています。レトロで懐かしい品々に、時間を忘れて見入ってしまいます。
実家にあった民具以外にも、町内の方々が家の片付けや解体をした際に出る、行き場のない古道具や看板、雑誌なども大切に預かり展示している安村さん。
「物は捨ててしまえばそれで終わり。でもここで一旦預かって展示することで、その人の思い出は引き継がれる。またここに訪れてもらい懐かしいと楽しんでいただけたらなと、心の栄養になったらなと…」個々の思い出が集まり大きくなると、それがいずれ町の思い出に繋がるのではと、今後の広がりも楽しみにしている様子。
上関町で暮らしはじめて、お金ではない価値を大切にするようになったという弘さん。展示は人と人を結ぶ手段のひとつだと言います。
「点と点が繋がり線となり、線が繋がり面となる。そんな風に私たちも繋がって、町を作っていけるといいよね。そして一人ひとりが心の花を咲かせることで、本当の意味での花咲く町になれるんじゃないかな」前向きな弘さんの表情が印象的でした。

古いものをただ受け継ぐのが継承ではない。それをどう捉え再生するか、どのように今に生かし伝えるか…、それが継承の本質なのかもしれません。そしてそこには必ず「大切なものを守りたい」という誰かの想いがあり、その想いは先人への感謝の心と共に、過去から今、そして未来の人に繋がっていくのだと感じた取材でした。
安村さんの武家屋敷古民家、ぜひ足を運んでみてください。訪れた人それぞれに、新たな繋がりと発見が待っているはずです。

※訪問の際は事前にお電話ください。
【電話】090-9672-5766

取材:林未香

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